徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

ようやっと僕はピロカルピンについて書く

ピロカルピン

僕が物陰から、静かに見守っていたバンドだ。

ギターボーカルの松木さんギターの岡田さんによるユニットの形を今は取っている。

どこでどうやってバンドが結成されて、どんな略歴があるのかとかの話は、オフィシャルサイトに譲る。僕自身、ピロカルピンの生い立ちを語れるほどのピロカルピストではないので、雄弁に語ることはできない。

ピロカルピン official site | ロックバンド『ピロカルピン』のオフィシャルサイト

これまで、インディーズとメジャー含めて8枚のアルバムをリリースしている。

 

 

出会い

僕がピロカルピンと出会ったのはちょうど今から6年前と少し前。ちょうど上京した頃である。

近所のTSUTAYAで「宇宙のみなしご」に猛烈なポップが立てられていた。

 

宇宙のみなしご

宇宙のみなしご

 

 

カラフルでビビッドなポップに囲まれた「宇宙のみなしご」は激奨されていた。

有無を言わずに聴け、借りろ、手に取れ。鬼気迫る推薦のされ方だった。

 

少し、身の上の話をする。

上京したての当時、僕は環境の変化に見事なアッパーを食らわされ、人生の淵に立たされている気分で毎日を過ごしていた

もう闘えないからTKOにしてくれ。レフェリー、頼むから試合を止めてくれ。こんな絶望的な気分で学生やってるやつがどこにいるんだよってくらいに崖っぷち人間だった。

生乾きの臭いがプンプンするボロ雑巾よりもボロボロだった当時。

唯一の楽しみが、毎日TSUTAYAに行ってCDを眺めることであった。

 

ポイントは、借りずに眺めるところにある。

僕はバイトをしていなかった

部活でバイト禁止されていた*1のもあるし、上手くいかないのにバイトなんかやったら状況は悪くなるばかりだと頑なに信じきっていた。保守的な人間だ。

バイトをしない大学生がどういう状況に陥るかというと、顕著に貧しくなる

バイトしてても貧しいのに、尚バイトをしないをや。

赤字国債を発行することなく事業仕分けのみで採算を取ろうとしている政権の如き、徹底した節制。合わない採算。

 

見定めて、見定めて、稀に勇気を出してアルバム10枚を1000円で借りることが幸せ

その中の一枚に、ピロカルピンの「宇宙のみなしご」があった。

 

 

宇宙のみなしご

7曲入りのミニアルバムである。

ビビッドポップの原生林の中の、「草野マサムネが絶賛!」という文言に目が留まった。

たまに記事にするくらいにはスピッツが好きだ。

 

ktaroootnk.hatenablog.com

 

 

マサムネがそんなに言うなら…と借りた。10枚1000円の厳選に勝ち残り、晴れてピロカルピンは我がウォークマンのラインナップの仲間入りを果たしたのだった。

 

衝撃的だったのが、2曲目の存在証明

疾走感という知覚はこの人たちのためにあるんじゃないかっていうほど、圧倒的な疾走感を纏っていた。

1曲目には時間計という曲が入っている。

プロローグというか、アルバムの幕開けの曲。1分程度の短い曲だ。コツコツとメトロノームの音が静かになり続ける。疾走直前の静けさ。

時間計でゆっくりと始まった「宇宙のみなしご」は、フィードバック音のようなフェードインから突然疾走を始める。

 

存在証明

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この音像。この音像が、ピロカルピンだ。

イントロから真骨頂である。

ディレイだろうか。何かしらの空間系エフェクトを盛大にかけたジャキジャキのギターサウンド。難しいことをやっているのか、エフェクターが難しく聞こえさせているのかわからない。浮遊感を感じる音。

その上で、疾走感は失わない

疾走感はテンポが速ければ生まれるわけではないようだ。存在証明なんかは特別テンポが速いわけではないが、息をもつかせぬ疾走感がある。

 

さらに、ボーカル松木さんの歌声

公式HPには、

少年のようにイノセントな輝きを放つ透明な声

とある。

BUMP OF CHICKENやRADWIMPSの子分たちと称しても過不足ない数多のバンドたちが雨後の筍のごとくワラワラと育つ昨今。どのバンドのボーカルがどの声を持っているのか、ごちゃごちゃになりがちである。皆声が似ている

女性ボーカルだって、絢香的なコブシ使い派チャットモンチーのえっちゃんのような可愛い声派かに大勢が分かれがちである。独断と偏見です。

以上のようなカオスな歌声事情の中、松木さんの声はなんとも分類し難い声だ。管楽器にミュートをかけたような響きがある。人とは違う回路で声が出ていそう。この際、上手い下手の括りに意味はない。個性が素晴らしい。

 

そして、歌詞

存在証明の歌い出しはこうだ。

今開け放たれた窓に 光が滑り込んだ

格子戸短かし木陰に 季節が息をとばす

格子戸のわずかな隙間から漏れる光。季節の吐息は光。

理解できそうでできない。ただ言葉の響きは美しい。

この感じは初期のスピッツに似ている。松木さん自身もスピッツのファンのようで、あの綺麗な響きにエグさを隠し込むテクニックを見事に継承している。

格子戸短かし木陰に 季節が息をとばす

存在証明のメロディにこの歌詞の響きを乗せるのは天才の所業としか思えない。

いいから聴いてほしい。

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しつこく載せる。

 

 

キャッチーか否か

キャッチーの定義は果たして。みたいな論議は小難しい話になってくるので、ひとまず銀河の果てに置いておく。僕の手に負える話じゃないです。

さておき、先に紹介した存在証明。これは非常にキャッチーな曲だろう。

Aメロ、Bメロ、サビがはっきり分かれているし、サビのメロディも、

ほどけた闇に 残した光

真夏の夜の存在証明

の「闇に」「光」の語尾で上の音に当てながら韻を踏んで、「真夏の夜の存在証明」で順番に音階を降りてくる。とっても分かりやすい。

コードも半音下げのG-A-D。若干の憂いを残した王道コード。売れ線。

 

では、「人間進化論」はどうか。

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どことなくコアな感じが漂ってくるだろう。

「ここからがサビです!みんな盛り上がって!」

のような分かりやすいヤマ場が特段あるわけでもなく、ヌルっとサビに入っていく

サビのコード自体は半音下げのG-A-Dで「存在証明」と変わらないのに、Bメロが少しヒネているせいか、明快さは大きく異なる。

 

その昔、ジョンメイヤーのアルバムを買ったことがあるが、殆ど理解できずに聞くことがなくなった

スルメ曲満載!という、やはりビビッドなポップに目が眩んで手が伸びたのだが、スルメの味がしてくる前に敢えなく吐き出したのだった。

ピロカルピンにも多分その気はある。

刺身かスルメかといえば、スルメだろう。

しかし、化学調味料満載のシュークリームか、天然素材を丹念に漉して作り上げた栗きんとんかといえば、栗きんとんである。糖と脂肪で脳みそをグラグラに揺さぶる強さはないが、口に含んでいるとふわっと感じる上品な甘さがある。

ピロカルピンに西野カナのような分かりやすさを期待していると大いに怪我をするので要注意である。

 

 

曲げない音楽性

僕が持っているピロカルピンのアルバムは以下だ。

 

落雷

落雷

 

 

 

幻聴と幻想の現象

幻聴と幻想の現象

 

 

 

宇宙のみなしご

宇宙のみなしご

 

 

 

太陽と月のオアシス

太陽と月のオアシス

 

 

どれも古いものばかり。インディーズの頃の作品がほとんどだ。

 

ピロカルピンは、今年の5月にニューアルバムをリリースしたという。

ピロカルピン「ノームの世界」インタビュー (1/4) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

 

リードトラックが、「グローイングローイン」

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キャッチーではある。

ラララ

変わり続けてく

グローイングローイン

みんなで歌えそうな社会性がある。

でも、音はびっくりするくらいピロカルピン

イントロの頭で三回キメた後に鳴るギターアルペジオの音色が圧倒的にピロカルピン。サビのバッキングのアルペジオもまごうことなきピロカルピン。

全くブレがない。 

 

さらに「小人の世界」

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分かりやすさはない。こじれまくった知恵の輪をぶん投げられている気分である。

 

録音環境が変化したなどの記事を見かけたが、本質は変わっていない。

とかくメジャーデビューをすると各所からの風当たりによって音楽性がなびくアーティストが多いと伺っている。資本主義に、商業ベースに乗るということは、社会に迎合していくということだ。

世知辛い環境で、ピロカルピンは見事にピロカルピンで居続けている。ピロカルピンのまま、社会が振り向くのを待っているとも言えるのではないか。

 

 

これから

ようやっとピロカルピンに埋没する時期がやって来ている。

リスナーの音楽遍歴に多分に関わってくるだろうが、J-POPやメロコアの王道に埋没してきた僕のような人間は彼らを理解するのに大変な時間がかかった

 

ひとまず聴き損ねている残りのアルバムを聴こうと思う。

執筆中にずっとYouTubeでピロカルピンを流していたが、自動再生は一人でに進み、今はyogee new wavesが流れている。

今や一大勢力になったyogee new waves、never young beach、cero、suchmosの一派。シティポップと言うのでしょうか。

彼らの音楽はとても聴きやすい。穏やかな気持ちになる。

 

今、街で流れているような音楽とは違うピロカルピン。

だが、スルメも、栗きんとんも、味を占めたらやめられないものだ。胃ももたれない。

 

6年越しの思いの丈を綴った。この曲のメロディが!この歌詞が!と言い出したらキリがなくなるので、細かな所はいつかやってくるかもしれない次に譲る。

ひとまず、以上が僕が聴いてきたピロカルピンです。

*1:僕を追い込んでいた元凶も部活である

sadヶ島

辛いことがあった時、ブログを書きたくなると言った。

 

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昨日のことだ。

 

さあ、今朝の話をしよう。

年の瀬が押し迫ろうとする今、僕の部署は最繁忙期を迎える。そのプロローグとも言える本日、いつもよりも圧倒的に早い電車に乗って会社へと向かい、いつもよりも圧倒的に遅い電車で帰る予定であった。それでもルーティンは欠かせない。早起きはしても普段のリズムは変えず、弁当を作って、作りながら身支度して、会社へと向かった。

やはり、ある程度の集中力と段取りが求められる。僕は珍しく電車の中で集中していた。普段はゴミクズみたいにスマホをポイポイしているのだけれど、今日に限ってはメモ帳とにらめっこである。にらめっこしても働きは割とゴミクズである。それは置いておいて。

散々今日一日をぶん回す方法を反芻して、勤務地に着き、改札を出た時に気がついた。

僕は身軽になっていた。

 

そう、弁当を電車に置いてきたのであった。

 

まず、頭に浮かんだのは今日という日に弁当を作った労力を無に帰した罪深さである。つまり簡単にいうと、「せっかく作ったのに悔しい」ということである。入れ物よりも中身の後悔が先に立った。

何を好んでクソ忙しい一日の前に弁当を作ったのか。

起床後のまどろみも秒単位で脱ぎ捨てようと、起きた瞬間にミンティアのコールドスマッシュを大量投与して腹を痛めた結果が、益に全くならない身軽さであったとはいかなる不可思議。消えて無くなりたい。消えて無くなったのは弁当箱。

 

中身もされど、外身も失った。

僕は節約の原資を根こそぎ電車に刮ぎ取られたのだ。ついでに水筒も。あと携帯歯ブラシも。

でも正直、弁当箱は満身創痍の状態であった。

 

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こう言ったことで、ボロボロだったので、買い替えのタイミングだったんだねと自分を慰める。

 

 

夜になってみて自らに降りかかった災難をやっと飲み込めてきた。やる気を見せた身から出た錆であったのだが、それでも納得するには時間がかかった。

ひとしきり落ち着いた今思うのは、あの弁当箱これからどうなるのだろうかってことだ。

 

車両冗談に鎮座している袋を駅員さんが見つける。

開ける。

誰のだかわからない弁当と水筒と歯ブラシが入っている。

しかもなんか重い。中身が入っているようだ…

 

このあとどうするだろう。

遺失物として処理されるだろうが、箱の中とかを確認するだろうか。何処の馬の骨ともわからない奴が置いて行った弁当箱を開封するだろうか。

否。

開封しないとみた。だって気味わるい。すると密封されたままきっと今もどこぞの駅事務所に置いてあるだろう。

かと言って、簡単に捨てられもしない。

嘘でも人様の物である。苛立つ乗車客を天使のごとく宥め賺す駅の方々が、そうやすやすと人の物を捨てるわけがない。必ずしばらく取って置くであろう。はて、すると中身の白米と玉ねぎと鶏肉と人参の卵とじはどうなるのだろう。腐るのか。腐ってしまうのか。

それは悲しい。断腸極まりない。

例えば僕が「持ち主です。捨ててください。」と電話したら済むことなのだろうか。ひと思いに処分の英断を下してくれるか。なんとなく捨てない気がする。本人確認云々と言われて、話がこじれていきそうな気がする。

すると、だ。

僕が迎えに行かない限りは弁当は腐り続ける運命にあり、例え迎えに行ったとしてもその時点ですでに腐っているなんてことが想像できる。

どうしたらええねん。私、どうしたらええねんな。

 

とりあえず明日あたりに駅に電話してみようと思う。

並びに、新しい弁当箱を買うこととする。

 

ちなむと佐渡ヶ島には行ったことないです。何が美味しいのか存じ上げておりませんが。行ってみたいです。

恨みつらみをエンジンに

今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

楽しくて、幸せで、何もいらない、もう、何もいらない!

って時には本当に大抵何もいらないのだ。ゲームみたいな非現実の世界に埋没する必要もなければ、ブログみたいに日本語を駆使して自分を切り売りしなくたっていい。

ブログを書くということで文字と文章を吐きだしてはいるが、消費しているというより、吐きだした文章で心のデコボコを埋めているイメージに近い。一種の精神衛生を保つツールとして、ブログは優秀である。

 

久しぶりにあった友人と話す時、弾む話題の多くは辛い記憶だったりする。猛烈な説教や土砂降りの中の練習。もう2度とやりたくない記憶ほど、離れた時に面白さが増していく。なぜかデフォルメされて生々しさが抜け、カジュアルな記憶として残る。

文章にすると、その作業を自己完結で成せる。しかも時間の力を借りなくてもいい。

恨みつらみ苦しみの類を、どれだけ面白おかしく綴れるか。どれだけビタッとくる表現を用いることができるか。感情を大喜利のお題にしているに等しい。昇華してしまうのである。

 

気づいたら何千字と書いてしまうような、筆の滑る題の裏側で僕は泣き、僕は苦しんでいる。こいつの文章、今日はやけに滑らかだな。饒舌だな。そう思った日、僕は相当辛い思いをしている。以下にいくつか例をあげるので、是非とも読んでほしい。

 

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でも、それでも、本当に辛いことや苦しいことはブログに書けなかったりもする。

話したいことはいくつもあるけど なかなか言葉になっちゃくれないよ

話せたとしても伝えられるのは いつでも本音の少し手前

BUMP OF CHICKEN「ベル」の一節。

全く同じ気持ちである。少し手前が一番面白くて、踏み込むと、ただ辛い。少し手前を綴りつけて、核心は包み隠してしまう。大切なところは昇華できないものなのだろう。

おざなりな恨みとつらみがエンジンとなり、今日も書く。

みんな悩んで大きくなるのである。

晩秋

終わりの始まりという言葉が似合う月が始まった。

 

日本流の一年間にはふたつの終わりがある。12月と、3月。一年の終わりと、年度の終わり。どちらも区切りだ。なんで至近距離でふたつも終わりがあるのかと、小さな頃不思議に感じたものだ。

 

ひとつの終わりへ向かう滑走路の端。11月。

ハロウィンが文化として根付いて久しいが、終わった途端に世間はクリスマスまでまっしぐらに進む。京急のエアポート急行の如く、数多ある駅をすっ飛ばしてクリスマスにたどり着き、お正月へと押し出される。このときのクリスマスとお正月の関係は、羽田の国際線ターミナル駅と国内線ターミナル駅の関係に近い。

 

一番好きな季節は?と聞かれたときは、秋が好きだと答えている。

どの季節も嫌いじゃない。かといって特別好きな季節があるわけでもない。だから本当のところどの季節だっていいのだけれど、生まれた月が9月なので、なんとなく秋がいいかなと、その程度だ。

花粉にも気付くことなく、適当に紅葉を愛でて、日が短くなるのを憂う。幸せなものである。

 

秋と十把一絡げに言うが、秋も初秋、中秋、晩秋と分けたとする。

春夏秋冬の中では好みに大差はないと話した。だが、初秋、中秋、晩秋だと、好みが出てくる。

 

晩秋を一番好まない。

晩秋の変化はめまぐるしい。めまぐるしいクセして、のっぺりしている。暦と季節の滑走路を猛スピードで冬に向かう道すがらを特段楽しまさせてくれるわけでもなく、あっという間に冬。スプレーしたような薄い雲が、季節が進んだ後の残像だろう。

冬は冬で嫌いではないけど、秋の終わりと冬の入り口はやっぱり寒いし、切なくもなる。

何しろ一つの終わりがやってくる季節。師走へ、年の瀬へ。初秋の夏の角が取れたような陽気や、中秋の澄みだした大気に浮かぶ月を全部置き去りにしていく。冬にテイクオフする直前の、始まりの1日。

退廃的な生活への羨望

最近、ある人の依頼で真剣に曲を作ることとなり、後輩にたまたま曲のアレンジとコンポーズをできる人が入ってきたこともあって、協業体制を敷いている。

彼は大学生活を音楽制作に捧げ、いくつもの曲を作ってきたと言う。作品を聴いてみたところ、それはそれはきちんとした曲だった。編曲をしっかりしているのがよくわかった。

 

本日、彼の学生時代の作業場にお邪魔し、本格的に曲作りをしてきた。

その作業場の、退廃的なことといったらなかった。というか、なんだろう、大学生というのは退廃的であるべき生物なのだろうか。数人の学生とコンタクトを取ったが、全て、退廃的であった。作業場兼部室の、退廃的な空間に宿る学生も皆、退廃的であって、タバコと酒と趣味と留年と夜更かしで構成されていた。

 

僕は、幸か不幸か退廃とは縁のない学生生活を送った。当たり前のように毎日部活をし、当たり前のように早寝早起きで、当たり前のように酒を飲むことは少なかった。

思うように結果が出なかったこともあって酷くデリケートになっていたところもある。もっと自由な学生生活であっても良かった気はする。

 

この度、退廃を体現している学生達と出会った訳であるが、恥ずかしながらも強い憧れを覚えた。

講義とバイト。空いた時間はサークル。居心地のいい連中と日がな一日を潰す。暇ができれば酒を飲む。

あぁ、これが学生か。

一般に、体育会系の学生は少なく、大学まで部活をしていたと言うとよくやったねと評される。確かに、全力でやりきった日々だった。何にも変えがたい日々だった。

だけど、やはり考える。

何でもない普通の学生生活。おびただしい数の大学生が経験しているはずの、バイトとサークルと講義と酒とタバコと趣味に耽溺する日々。

 

多分持て余していただろう。

なんとなく続いていく4年間に虚しさを感じていたかもしれない。しかし、その虚しさすらも学生の一部であるかのような、完成された退廃を彼ら彼女らは生きていた。

 

飽きるまで退廃してみたい気分になった、個人的な休日であった。

失言をするのは、日頃考えていることだからなのか。小池百合子氏「排除」発言から考える。

衆院選が終わってしばらく。

二週間足らずの喧騒が遥か昔のように思える。投票はしたものの、政党のツイッターをフォローすることもなく、ニュース番組を頻繁に見るわけでもなく、新聞を熱心に読むわけでもない、ありがちな若者有権者然とさせていただいた。

 

ちゃちな知識でもって考える今回の選挙戦のハイライトは、

小池百合子氏による希望の党のセンセーショナルな立ち上げ⇨民進党が希望の党へ合流発表⇨小池百合子氏「排除」「さらさらない」⇨求心力低下⇨合流回避のための無所属候補が増加⇨枝野氏立憲民主党を旗揚げ⇨立憲民主大躍進・希望の党ドベドベ

というどんでん返しであろう。のそのそと動いているように感じられがちな国政関係の出来事が刻一刻と状況変化していく様は見ていて面白かった。

 

何しろ、時勢が大きく変わったのが、「排除」発言だ。この言葉が光の速さで各家庭にお届けされたところから、明らかに風向きが変わった。誰もが知るところである。

 

あの発言。

お話の流れからいうと、売り言葉に買い言葉のような側面が多分にあるんじゃないか。

「みんな明日も来てくれるかな!?」

「いいとも!」

と同様に、

「異なる理念の候補者を排除するのかな!?」

「排除します!」

と答えてしまった。そんな感じがする。

 

例え勢いで反射的に答えてしまったのだとしても、思慮に欠ける発言であることには変わりないし、言葉を選ばずにいうと、その程度のふっかけに乗ってしまうようでは甘い。

ただ、勢いで答えた側面があると考えると、今確立されている冷徹非道な女性宰相というレッテルは果たして真実なのかどうか、考える余地があるのではないか。

 

僕自身、とかく言葉遣いに気を使う職業に就いている。

敬語の類は本当に難しく、雄弁すぎると確実にボロが出てくるので、最近仕事の最重要場面では沈黙は金スタイルを貫いている。

反射的に出てくる言葉にロクな言葉はない。「はぁぁぁぁぁ」とか「すぃぃぃぃ*1」などの吐息で間を持たせてから、文章を捻り出す。

 

反射的に出てくる言葉にロクな言葉はないと知ったということは、反射的に出てくる言葉で数々の失敗を犯した証左で、また、未だに失敗を繰り返す。

自らに尊敬語を使うなんていう凡ミス。

謝罪時に「えぇ、はい、おっしゃる通りでございます。はい。」と肯定ラッシュの流れから、「そういう私も悪かった」旨のお言葉をお相手よりいただいた瞬間、反射的に「左様でございますね…」と返すミス。

なぜか途中の言葉がタメ口になってしまうミス。

数をあげればキリがない。

 

しかし、これらの失礼極まりないことを、僕は全く考えてはいないのである。

自分がご飯を「召し上がる」ようなメンタリティはとてもじゃないけど持ち合わせていないし、謝っている最中は胃がねじ切れそうな思いをしている。先輩上司お客様にタメ口なんて乱暴な言葉を使う気なんてさらさらない。

でも、気づいたら失言の泥沼に突っ込んでいってしまっている。

 

これはひとえに、気持ちを言葉にする力が足りていないのだ。訓練不足。力量不足。

たくさんの言葉の引き出しを持ち、相手の言葉に対して適切な引き出しを素早く開けることのできる力を鍛えまくれば、気持ちは確実に相手に伝わる。

相手の言葉を読み間違えたり、集中力を切らして違う引き出しを開けてしまったりすると、途端に失言のバースデイ。平謝りでは済まされなくなってしまう場合だってある。今回の「排除」発言しかり。

 

小池氏ほど舌鋒鋭く政界でやって来たお方が、今、ああいった発言をされるってことは、十全に自らの気持ちを表しての結果なのかもしれない。日本で有数の言葉の引き出し開け師なのでしょうから。

しかし一方、罪のない口の滑りだった可能性だってなくはない。

心にも思っていない排除という言葉が、「殲滅作戦*2」という記者の強い言葉に釣られて飛び出した。ただそれだけだったのかもしれない。

 

 

そんなことを考えて、小池氏の人柄を見定めながら盛衰を眺めてはいたのだけれど、パリでのお話とかを聞いているとなかなか汚名返上は厳しそうな趨勢ですね。

やはり本当に冷徹非道な女性宰相だったのでしょうかね。

*1:「イ」の口の形で息を吸い込む音

*2:だったっけ?

サラバ家賃補助〜次の家をどうするか〜

引っ越し

ここのところ最大のテーマである。

僕は間も無く引っ越すこととなる。それは、間違いない。理由ただ一つ。金銭的なそれである。

弊社の福利厚生の一つとして、本籍が遠方の場合に家賃補助が出るシステムがある。北海道北見市という異国に本籍を構える僕は待った無しで家賃補助の奪取に成功した。

しかしそこには特約がついていた。

入社してから3年間の支給。主任になったら家賃補助を外します。

 

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僕は主任になっていた。

2万円くらい給与ベースがホップする。がしかし、家賃補助が外れる。具体的な計算式は控えさせていただくが、僕は昇進したことにより実質数万円の減給処分となった。

さぁ、すると、選択肢は二つ。地獄の赤字生活に突っ込んでいくか、引っ越すか。

正直、選択の余地などはない。引っ越さないといけない。背に腹は変えられない。

 

どこに引っ越すか

これに頭を悩ませることしばらく。悩みの種である。

今は錦糸町から横浜まで通ってはいるが、いつ異動になるかは知れない。横浜に全力で懐いていく姿勢をとった瞬間に突き放される可能性だってある。だからなるたけどこにでも動けるような立地に住んでいたいのだけれど、それが錦糸町だった…でも引っ越さなきゃいけない…と無限に悩んでいる。

本当のところの候補は四地点程度。

  • 錦糸町近辺継続路線
  • 北千住のあたり
  • 蒲田のあたり
  • 横浜全振り
錦糸町近辺継続路線

錦糸町継続路線はとても楽だ。

勝手知ったるこの界隈。一つとか二つとか駅をズラしたり、北に何マイル、南に数里動いてみたり。微動で済ませるパターンだ。生活の変化はあまりないため、ストレスは少ないだろう。

ただ、忘れちゃならないのがこの界隈の家賃相場である。高い。高すぎる。ただでさえ歯ぎしりが止まらないっていうのに、さらに歯を食いしばらなければいけなくなってしまう。歯がなくなっちゃう。

 

北千住のあたり・蒲田のあたり

北千住・蒲田に関しては弊社全事業所に比較的アクセスしやすいポスト錦糸町たる街である。さらに、この錦糸町のゴミゴミ感と風紀の乱れもきっちり引き継いでくださっている。

先日後輩から、「田中さん今錦糸町離れて閑静な街行ったら寂しくていらんないと思いますよ」って言われたんだけどあながち間違っちゃないと思った。寂しいよ。寂しい。ごちゃごちゃになれるとごちゃごちゃが愛おしい。

でも、錦糸町に準じて家賃高い。そこそこする。

 

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横浜全振り

横浜全振りパターンもなくはない。何しろ家賃が安い通勤が抜群に楽になる。終電が遅くなる。幸せである。

ただ、万が一の異動リスクは高い。ヘッジできていない。全資金をベットしている気分である。

 

 

以上のような逡巡の結論を年内には出さなければならない。

飲み屋で知り合った不動産屋に特別になんか紹介してくんないの?って話ししたら、仕事ナメんなって窘められたので、なるほど世の中というのはそうそう甘くないようだと学んだ。次は不動産屋じゃなくて地主と知り合いたいんだけど残念ながら飲み屋に地主が来ない。どうやら特別料金で転がり込むのはなかなか難しいようである。

 

正直、あまりこの辺から離れたくない。

社会人になってから、この辺での知り合いが増えた。旧知の、とても仲のいい友達が近くに住んでいる。ご飯屋さんも、居酒屋も。

けど、そこそこな別れをしてこその次の出会いだということもわかっている。

仙川から錦糸町に引っ越してきて、全然違った世界が広がったように、錦糸町から次の街に引っ越したらまた違った世界が広がるのだろう。それは楽しみでもある。

愛着と安心が片側、期待と不安が片側に乗った天秤がゆらゆらして止まない。感情と理屈の往来に酔いそうになる。

 

正解のない、ごく個人的な悩みであった。次の春を僕はどこで迎えるのでしょうか。

日記には載らない日で構成される僕らの人生

記すことがない日とは、どういうことだろうか。

確かに過ごした一日を、記すことがないということがあるのだろうか。

 

特段何もしていない。変わったことは起きなかった。

記すことができない原因の多くは、それが日常だからだろう。

日常だもの、記す必要ないじゃない。今日みたいな日は過去にも何度となく過ごして来たから、今更記さなくたっていいじゃない。

本当にそうだろうか。

もし、日常を記すことがない日、記す必要もない日すると、記すべきは特別なことがあった日ということとなる。

はて、僕たちは特別な日ばかり生きているだろうか。いや、違う。ごまんと転がっている普通の日があるからこそ、特別な日が存在する。闇があるから光があるのと同じ論法だ。

 

日々のほとんどが普通の日。

冠婚葬祭や進級進学につき、ガラッと生活の柄が変わるような節目がところどころで存在するものの、それにも気づけば慣れて、日記にも載らない毎日がまた始まる。ちょっとした感情のデコボコもいつかは忘れていく。

 

日記には載らない日で構成されるのが僕らの人生なら、特別な日を書き留めたところでそれは人生であり、人生じゃない。日常を記してこそ、嘘偽りない人生となる。

とかく、記せるツールは増えた。SNSの類はなんでもない日を記すのにうってつけだ。大抵はクリック一回で消えてしまうがしかし。

 

このブログも、もうすぐ900記事となる。

手段と目的がごちゃごちゃになって、「続けるために続けている」ような側面も多分にあるものの、人生録を記しているつもりで書き続けることとする。

台風接近時の錦糸町は健全そのものだった

錦糸町というのは何かと物騒な街である。特に南側、首都高までの歓楽街は競馬場とパチンコ屋と風俗店とラブホテルが軒を連ね、ダークサイドに堕ちた戸越銀座商店街のようだ。

駅から家までの10分間で、調子がいいと二桁回数の「お兄さん今日どうですか!」をいただく弊ホームタウンであるが、なんと今日は人っ子一人見当たらなかった。

そう、台風である。

本格的な雨嵐になる前の錦糸町。だが、日曜の夜ということで人出も少なかったのだろう。キャッチのお兄さんも、客引きのお姉さんもいない。空いているスクランブル交差点の如き違和感を感じながらの家路であった。

 

対して、横浜の地下街は違った。

職場まで地下街を通って向かうのであるが、避難勧告が出ている最中でも爛々と光が点り、いらっしゃいませの声がちらほらと聞こえてきた。その中を家路につく僕ら。電車あるかな?動いているかな?我が身可愛さに一生懸命ホームを目指すも、四方で営業されているお店。

あなた方は帰らなくていいのかい。避難勧告出ているよ。

 

この間ばあちゃんの葬儀で向かった千葉県佐倉市。ちょうど祭りの季節だった。

佐倉の祭りは大規模で、町会ごとに神輿が出て、エッサーエッサーと街を練り歩く。出店もたくさん。法被姿のおじさんおばさん、お兄さんお姉さん、子供たち。法被じゃなかったらちょっと場違いなくらいの雰囲気になる。

街道を運転しながら、叔母とこんな会話をした。

昔は町の米屋とか、町の八百屋とか、町の農家とか、そんな人たちばかりだったから祭りでみんな一斉に休んでハレの日を迎えられた。私が小さな頃はギリギリその名残があったけど、最近はサラリーマンや公務員が多くなってしまっているから一斉に休むわけにも行かなくなっちゃって寂しくなった。

 

多分、社会が発達したということなのだろう。

日本はどこに行っても均一なサービスが受けられる。受けられるようになった。いつどこに行ってもある程度のものは揃うしある程度生きていける。

素晴らしいことだが、反面、だんだんと融通が利かなくなっていく。

 

今日は祭りだからみんなで休むか!

が、出来なくなる。だから、

台風来てるから今日は早く仕事切り上げて帰ろう。

も、出来なくなる。

隣の店が営業しているし、何より地下街自体営業してしまっている以上、店じまいをすわけにいかないのである。

 

何が健全か、それを突かれるとなんとも窮するのだが、少なくとも台風接近中の今日を切り取ると、錦糸町はとっても人間味溢れる営業の仕方をしているように思えた。

どうせ今日なんて客こないよ。

というか、こんな日に遊ばないで早く帰れよ。

そんなぶっきらぼうな優しさすらも感じた。

窓の外はあいも変わらず、猛烈に雨粒の音がしている。横浜の地下のお姉さん方の無事の帰宅を願わんばかりである。

悲しみの乗り越え方

ばあちゃんの死から、二週間。

 

ktaroootnk.hatenablog.com

 

僕は見事に日常を取り戻している。ばあちゃんとの思い出がよぎって唐突にダメになってしまうことはないし、日々のどこかに空虚を感じることも今のところはない。それがいいことなのか、悪いことなのかは、なんともいえない。

離れて暮らしていたこともあり、ある程度距離を置いて死を見つめられているところもあるだろう。一方、ばあちゃんに育てられたと言っても過言じゃない従兄弟はグズグズである。感情の根っこを掴まれてブンブン振り回されているような崩れ具合である。

多分、それは母も、叔父も、伯母も。

 

夢にでも出ておいでよ。

幽霊になってでも出ておいでよ。

どうやっても消化できない感情に晒された時、僕たちは神様に祈る。神秘を信じる。あらゆる物事、あらゆる偶然に意味を持たせる。

きっとばあちゃんがそうしたんだ。

この偶然はばあちゃんの仕業かもしれない。

 

カジュアルなレベルでいうと、女子会で失恋の話を延々と繰り返して、それを消化して行くのと同じように、僕らは悲しみに意味を持たせて消化して行く。悲しみの影に形を持たせて、悲しみを把握し、自らを納得させて行く。

「2度と会えない」という恐ろしい事実に僕らが対応しうる唯一の手段が、神秘であり、スピリチュアルなのだろう。

多分それは、悲しみに蓋をして見ないフリをするよりは余程健全な悲しみへの向き合い方だ。神秘に頼ってでも悲しみと向き合う姿勢は、友達の答案用紙に頼ってでも単位を取りたい大学生に同じで、悲しみに蓋をして目を逸らす姿勢は、山積みの課題を横目に麻雀ばっかりしている大学生に同じである。どちらが健全かは一目瞭然。

 

父ちゃんも死ぬし母ちゃんも死ぬ。

いつかはやってくる2度と会えない瞬間に、僕はきっと心底夢を見たがるだろうし、偶然のいたずらに意味を持たせようとするだろう。虚空に言葉を投げては、返ってくることがない返事を待ち、きっとこんなこと言うんだろうなって想像して、自分を納得させる。そんな未来が来る。

僕はまだ、藁にでもすがりつきたい悲しみと出会っていない。

必ず訪れるその時に、きちっと悲しみに向き合いたい。ダメダメになってでも、神秘と偶然にすがりついてでも、悲しみを受け入れていきたい。

 

従兄弟の電話越しの涙声は、悲しみと取っ組み合っている喧騒であり、空虚を乗り越えようと食いしばる呻き声だった。

その声を聞いて、思ったことを書いた。