徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

エントロピー

 

エントロピーっちゅうものがあると、いつだったか授業で習った。この世界、この宇宙にあるものはすべて収束している状態から拡散していくものらしい。お湯が冷めるように、アスファルトが渇くように、部屋が散らかるように。

その時はふーんとしか聞いてなかったけれども、不意にエントロピーが頭をよぎった。

 

 

頑張れとか頑張るとか言う日本人の大好物フレーズ。これこそが確固たる意志を持ってエントロピーを収束させ続けることのできる唯一の行動なんだろうなと思う。我々人間はある程度頑張って朝起きて、ご飯とか食べてる。ある程度の頑張りがないことにはぎりぎりの生命維持ができるか否か怪しいものだ。

まぁ朝起きるくらいのことは比較的大勢の人は頑張れているんだけれど、頑張るレベルが上がるにつれて頑張れなくなるうえにエントロピーを維持することがめちゃくちゃに難しくなってくる。

わかりやすいのがスポーツ選手とか棋士とか。彼らは体や頭を資本としてお金を稼いでいる。前者なら体を常にいいコンディションに保ち、さらにパワーアップさせていくことがお金稼ぎの前提条件として存在している。後者だったら知識の維持、補強である。間違いなく彼らはそうした準備を入念にやっているはずだ。何しろ生きる術だから。それでも成績には必ず波がある。体調が如実に関わるスポーツの世界ではわからないではないものの、棋界にも確実に波がある。

ハードなトレーニングが必要なことであればあるほどエントロピーが維持できないのである。

考え方によっては才能における差っていうのも、このエントロピーが自然の状態でどの程度収束しているかの差と考えることができる。すると天才はエントロピーが収束しやすく、その収束が特別強固な人の事と言えるんじゃないか。

 

 

陸上人生の終わりがなんとなく見えている今、フィニッシュしたら簡単にエントロピー拡散して増大してあっぱらぱーになる予感しかしない。もう運動方面で頑張り続けるのにはお腹一杯だからそれはそれでいいにしても、少し切ない気もする。

次は何のエントロピーを収束させよっかなー。