徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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通信ケーブルを持ってたらヒーロー

そんな時代もあった。ちょうど小学一年の頃だ。

近所の学くんがケーブルを持ってた。三つ年上の学くんはポケモンデジモンをこよなく愛する少年だった。ポケモンをやりだした僕になぜか無償で100レベルのケンタロスをくれた。技は吹雪地震大文字破壊光線。最近知ったのだけれど、初代ポケモンにおけるケンタロスというのは、ナメック星についた直後のフリーザのような絶対的強さを誇ったポケモンだったようで。学くんの優しさに15年がかりで触れた気がした。そんな学くんの友達の山本に、ゴーストを渡してゲンガーに進化させたっきり返してもらえなかった悔しさは、15年後も色あせていない。

学くんはそんな優しい性格とポケモンデジモンに対する探究心、そして通信ケーブルの存在で町内に住む子供たちのヒーローになっていた。小学生の輪の中心には学くんがいた。そんな気がする。少なくとも僕自身は確実に学くんを慕っていた。毎週日曜日朝九時からのデジモンを見終わったらすぐに学くんの家にゲームを持って遊びに行って、昼ご飯だけ帰って夕方までずっと遊ぶほどに、慕っていた。

学くんは彼が小学四年の冬、家庭の事情で引っ越すことになってしまった。学君の口からそれを聞いた。人生で初めてショックを感じた瞬間だった。幸いにも絶望的に遠い町に引っ越すわけでもなく、車で30分程度のところだったので、遊びに行くことを心に決めた。

知らない間に、学くんは引っ越していってしまった。見送った記憶もなければ、最後にお別れした記憶もない。きっと知らない間に、すーっと引っ越していったんだと思う。とても寂しかった。通信ケーブルがなくなっちゃうよ!って困ったふりをしていたけれど、本当は学くんがいなくなってしまうことが寂しくて悲しかった。

約束した通りに隣町にまで何度か遊びに行った。ポケモンデジモン、あと遊戯王カードを持って。学くんはいつも優しかった。向こうでできた友達も紹介してくれた。その友達の名前はもう覚えてはいないけれど、三つ下の少年によく構って付き合ってくれていたと思う。

寂しさが薄れたからなのかなんなのか、学くんのところに遊びに行くことは次第になくなっていった。時は形あるものないもの全部押し流していってしまうらしい。遊びに行かなくなって何年か経つと、本当に学くんという存在がいたのかということすら自分の中で怪しくなった。自分だけが覚えているんじゃないか。学くんと遊んだ記憶は嘘なんじゃないか。

でも確かに、僕のポケモン緑の中には、ケンタロスがいた。それだけが学くんがいた確かな証拠だった。でも通信ケーブルがなかったから、時代がポケモン金銀、ルビーサファイアと下るにつれて緑自体が使われなくなっていった。

上京する前、ふとポケモン緑を着けてみた。当時使っていたゲームボーイポケットに単四電池を二つ詰めて。

もうデータは飛んでいた。ケンタロスを使って何回も何回も殿堂入りを果たしたポケモントレーナー「けいたろ」の姿はそこにはなかった。かわりにオーキドがポケットモンスターの世界を丁寧に紹介してくれていた。

思ったほどの寂しさは感じなかった。

ただ、このまま普通に生きていたらまず二度と会うことはないってことに気が付いた。今どこで何をしているかわからない旧友とすれ違うことはきっとない。

少なくともそれに気が付いてから今まで、結局一度も会うことはなかった。これからもそうだ。断言できる。

けどもし今近所に学くんがいる日曜日があったとしたら、遊びに行きたい。彼が僕のことを覚えてなかったとしても。また一緒に別々の画面で、ポケモンをしたい。