徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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免許と言えば自動車免許。調理師免許とか他の免許たちはさぞ自動車免許のことを恨めしく思っていることだろう。その圧倒的なまでの存在感に、その言葉の独占に。

 

 

田舎に行けば行くほど自動車がないことには生き辛いこの世の中。例に漏れずわが故郷、北海道北見市も極端な車社会となっている。

それはそれは車が多い。免許取得率も高い。

なんやかんや今まで免許を取らずにいたんだけれど、後輩の助手席に乗せてもらって移動せざるを得ないような現実を突きつけられて、これは取らねばと。一念発起して自動車学校に通っている。

 

そもそも、乗物に乗る行為自体があまり得意ではない。

自転車に乗れるようになったのだって小学1年になってからだった。周りがあまりに自転車を乗りこなすようになって、焦って、「お休みの日の過ごし方を教えて」の授業のときに「サイクリングしてる」って強がって言ってしまったばかりの鬼練を経てやっとこ乗れるようになった。

一輪車なんてもってのほかだ。一輪って。何でどうバランスとっていいやら分からない。信じられない。

 

10歳くらいの頃、網走の冬祭りで四輪バギーに乗ったときも非凡なライディングセンスを発揮した。考えてみればそれがmy first 四輪車だった。どうやら自分の足という乗物を離れた途端に僕の三半規管は直進を忘れるらしい。雪で造った壁に激突し続けた。ハンドルは切っていたはずなのに。意思だけは、気持ちだけは、何処までも真っ直ぐに伸びていたはずなのに。見かねた監視員がバギーを取り上げて、ひと冬の経験は終わった。

 

網走での一件がトラウマレベルの決定打となって、それからの人生で乗物に乗る、運転するのは自転車が上限だった。遊園地のゴーカートすらも敬遠した。全く直進できるビジョンが浮かばなかったから。

 

そんな人間が自動車学校である。無意識のうちにテロまがいの大事故を起こすんじゃないかとびくびくしながら入校した。不安をかき消すためにめっちゃ運転の予備知識仕入れた。半クラッチニュートラル、1速2速3速、内輪差。どこかで聞いたことのあるようなないような単語たちは、不安を逆撫でして毛羽立たせるだけだった。

教官は比較的優しそうなおじさんだった。彼は不意に僕を運転席に誘った。僕は運転席に座った。そして彼は言った。

半クラで走ってー。

そんなもんなのか。運転ってそんな「チョコとってー」くらいな軽さで出来るものなのか。壁にぶつかるぞ?雪の壁にぶつかるぞ?

両親や今までお世話になった人びとに万感の感謝を捧げ、心から信じた事のない神様に祈り、僕は半クラッチにした。うなるエンジン。震える乗車席。徐々に振れていくメーター。ああ神様。

時速5キロで走り出した車は、僕の舵取りの元、直進した。

絶望的なドライビングセンスは積もる時間に埋もれて消えていったようだった。時速5キロでも直進した事実は、どんな知識よりも確かに不安を拭い去って安心を抱かせてくれた。

 

この久々の四輪との出逢いから約一週間。時速5キロだったスピードは時速40キロまで出せるようになり、坂道発進、S字、クランク、踏み切り、障害物回避など、数多くの事を車でこなせるようになった。運転技術も間違いなく向上した。ただ、一難去ったら必ずまた一難やってくる。それが人の世の常。

安全確認である。

巻き込み確認。これが出来ない。忘れる。いつ何時も巻き込み確認しろっていうなやるさ。忘れずやるさ。けどやらなくていい折もある中で必要に応じて行えとかほぼ無理ゲーだ。そもそも一生懸命運転しているじゃないか。ふらつかないようにハンドル握り締めて、遠くをみつめて。それ以上何を求めるって言うんだ。歌いながら踊りながら暗算しろみたいなもんだ。無理だ。

 

明後日、なにやら試験があるらしい。これに合格しないと、今回の帰省中での免許取得は不可能となる。それには、ふらつかない運転をベースにして、あらゆるファクターを完璧にこなさなきゃならない。果たして出来るのか。

 

 

世の中にはごまんと運転手がいる。免許取得者がいる。

これまで小顔に憧れを抱いたり理系を羨望したり、尊敬の眼差しを色々なところに向けてきた。

けど今、誰よりも何よりも、世界中の運転手のみなさんを尊敬します。