徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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バイトからの帰路の疾走 物憂げな夜編

寒い。ほんとに寒い。

自転車は誰が通るでもない道をゆく。誰が通るでもない道を、シュインシュインと苦しそうな音を立てながらライトが照らしていく。

早く帰りたい。家ではタイマー設定したエアコンが部屋を暖めてくれている。電気とテクノロジーによって支配された羽柴秀吉だ。エアコンが織田信長の家についていたら確実に秀吉は表舞台に出てこられなかったろう。

帰りたいから、強く漕ぐ。

強く漕ぐから、寒い。

ハリネズミのジレンマってのが心理学用語である。ハリネズミは近づきたいけど近づくとお互いの針にやられる。遠すぎると何のかかわり合いも持てない。最適な距離ってのがあるんだよなぁっつーことをフロイトだか誰かが語った。

寒さと速度のジレンマの事をフロイトさんはどう見るんだろうか。さっさと帰れよって言うだろうか。そうだよね、帰ります。

 

家路の途中で明日を迎える。

子供の頃は明日ってすごく特別なものだった。明日の自分は今日の自分と違うものだくらいの考え方をしてた。疲れもないし、明日になるたび毎度リニューアルオープンしていた。

大人になって、夜更かしをたまにするようになると、ちゃんと夜が朝にドッキングしていることを体験する。空が白むことを学ぶ。

それでもまだ夜更かしが特別だった頃があった。

今や何の感慨もなく明日を迎える。

全く新しい存在だったはずの明日の自分は、昨日の自分とおんなじように自転車をこいでいる。ペダルを踏む力も、すすむ距離も何も変わらないのが明日の自分の正体だった。ポップコーンさながらの膨らみ方をしていた歴代の将来の夢の、どれになることもない人生を選び取って寒空の下の家路を走る。

けどこころから悪くない人生を生きている気がする。そういう気がしている。

 

予想通りの温まり方をした部屋に入って、コンビニで買ったおでんをいただく。

昨日の自分と今の自分がつながっていることよりも、この空間と寒空がつながった世界だということの方が信用ならなくなってくる。

暖かし。

おでんの汁が内臓を、エアコンが表面を温めてくれたところで、上瞼が下瞼へのラブコールを熱心に送り出す。君の恋路を邪魔するつもりはないです。どうぞくっついていちゃいちゃしちゃってください。

さらばうつつ。