徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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沼島 覚え書き

沼島。

地図アプリでは相当寄らなければ見えないような小さな島。祖母の親がそこから北海道へ入植した。つまり祖母のルーツであり、僕のルーツでもある島。


3日間に及ぶデスドライブの果て。友人は淡路島まで送ってくれた。感謝。1日二本しかないバスに乗って沼島対岸の港へ行き、1日10本の船に乗って沼島に渡る。バスの運転手さんに一人旅行中で、これから社会に出るんだって話すと、社会人とはなんたるかということをコテコテの関西弁で教えてくれた。愛を感じた。

生憎の天気。雲がひどく重く垂れ込めているせいで、瀬戸内海沿いも、太平洋も、摩周湖よろしく何も見えない。運転手さんが巧みな話術と豊富な語彙力で本来見えるはずの風景を説明してくれたために、プチ快晴気分を味わえた。こんなトークテクニックあるなら運転手よりも天職があるんじゃなかろうか。いや、ともするとこれが淡路ないし関西の平均なのだろうか。世の中にはいい意味で口の上手い人はたくさんいるのだな。関西恐るべし。


沼島対岸の土生(はぶ)を発ってたったの10分。沼島に到着した。

嘘でも感傷に浸れる。ルーツがここに存在する。北海道にくるまえのご先祖様は何をしていたか。それがわかるかもしれない。雲とか霧とかすらも味方につけて、海岸線を歩く。

全く広くはない島だ。歩いてすぐ、旅館に到着した。沼島唯一の旅館。女将さん一家は親戚に当たるらしい。なんという縁か。

東京では2000円は取られて然るべき1000円のタコ天丼で腹ごしらえして、島内随一の歴史を誇るお寺、神宮寺へ。そこにどうやらうちのルーツがあるらしい。

住職さんの話を聞く。うちの家系だけではなく、沼島全体の話を賜った。

沼島は神話にも登場する島だ。古事記のプロローグ、イザナギイザナミの国生みの神話。日本がまだ存在していない頃、イザナギイザナミは天の沼矛なる矛でドロドロの海をかき回し、その雫が島となる。最初にできた島が、自凝島(おのころじま)。それが沼島だという説が根強いらしい。自凝島に降り立ったイザナギイザナミは夫婦となり、淡路島を皮切りに次々と島を産んでいったとされたいる。

日本が創生されたころに出てくる島。そこの血が流れていると言うのはなかなか嬉しいことよ。

じゃあそれがなにを意味するかというと、神話の作成に淡路近辺ないしは沼島の人間が関わった可能性が高いという事実だと。住職さんは言う。古事記稗田阿礼が暗謡したのを書き記したものとされているが、その原型は古い伝承にあるらしく、伝承が作成された時に淡路色が出たと考えられるらしい。

しかしな、沼島の人が古代よりそんなに活躍をした証拠はあるのかよと。会社の人事も物事を述べるためには証拠が何より大切だって言ってたぜ。社会人として論理は大事なんだぜ。

証拠ありました。沼島で出土した棒状石器と同じ石器があちこちの古墳で見つかっていると。それは、沼島の石器を作る技術と、石器を携え海を渡る航海術が長けていた証拠だと。時代が下っても、海賊の討伐に噛んでいたり、高田屋嘉兵衛が函館に乗り込んだ際の船頭が沼島民だったりと、なにかと海の問題には沼島が顔を出すらしい。そういうわけで、幕府や朝廷からも信頼を得ていたと。本当に小さな島なのに、秘めたポテンシャルは凄い。見た目は子供、頭脳は大人状態だ。

自慢の航海術を用いて、沼島の人は日本各地に渡っている。その一環で、僕の先祖が北海道を目指したらしい。沼島の大きな仏壇を持っての入植だったようで、相当の覚悟と自信の下での入植だったのだろうと住職さんは話してくれた。浮気じゃなくてよかった。


平たい感想だけれど、先祖がそうした技術を持って、世と海を渡っていたというのは凄く嬉しいことだった。ルーツを知ってなんになるってそこに疑を呈されることが度々あったが、今後生きて行く上で大きな自信につながる知識なんだと、知ってみた今なら断言できる。たったの数代遡った先祖がこれだけのことをやってきたんだから、自分もやれんじゃないかみたいな希望をもって何事にも取り組める強さを頂いた。



ルーツへの好奇心で、寝不足を忘れた頃に住職さんの話が終わる。お寺を離れ、旅館に帰る。ミネラルだらけの温泉に浸かり、近海の海の幸をふんだんに使った晩御飯を頂戴するというわかりやすい極楽を享受した結果、眠りのグランドキャニオンに突き落とされた。真っ逆さまです。


10時間を超える睡眠を貪った上の早起き。幸せ。島の裏の太平洋の方へと朝日を見に行った。

絶景でした。

故郷の北見市市町村合併で海を手に入れたものの、実家自体から海は遠く、日常的に海を見る機会はほとんどなく育った。早朝の海を見るのも思えば初めてだったかもしれない。少なくとも能動的に海を見たのは初めてだった。

海の照り返しも、岩のレイアウトも、左手に見える紀伊半島と右手に見える徳島の霞み具合も、なにもかもが綺麗でだな。ほんと、綺麗とかいう言葉の範疇に収まるのかすらよくわからない程の景色で。うおぉぉぉってエアコンの室外機の音みたいな声をずっと出してた。

吸い込まれそうになったから帰路に着く。朝風呂の後、やはり近海の海の幸に彩られた朝食を頂いたらチェックアウトである。帰る前にもう一度神宮寺によって、住職さんとその息子さんと話し、また来るよの挨拶をして、島を離れた。

長閑な孤島のイメージそのままの島だった。社会に出るってこの時期に尋ねられて本当によかったと思う。淡路島のバスの運転手さんの実学も併せて。


これから京都に入り、祇園を回った後、明日はいよいよ旅の最終目的である祖父の方のルーツ、滋賀県栗東市に向かう。

ルーツを巡るという行為がここまで軸足を固めることになるとは思わなかった。きっと滋賀にもアロンアルファよろしくセメダインな出会いとアラビックヤマトな知識が転がっているに違いない。




心残り

沼島に長身はいなかった。

こちらも滋賀に期待したい。

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