徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

2001マリナーズとイチローについて。

今回のNUMBERはイチローが表紙だ。イチローについて紙面の半分を使って懇切丁寧に特集を組んでいる。NUMBERってなんやねんて人はグーグル大先生に聞いてみてください。いわゆるスポーツ雑誌です。隔週発行の。優良雑誌だからぜひ一読。


実家にいたころ、テレビではそれはよくスポーツが流れていた。今もそう。WOWOWやらスカパーやらあらゆる有料ツールを用いてスポーツ観戦に勤しむ。バラエティー、ニュース、スポーツが同時に地上波でやっていたとしたら、一目散にスポーツにチャンネルを合わせるほどのスポーツ好き一家だ。野球、サッカー、バレー、スキー、水泳、スケート、もうありとあらゆるスポーツを分け隔てなく応援している。相撲もスポーツならもう我が家はスポーツにジャックされていると言っていい。


中でも、野球とサッカーには大きな情熱を注いでいた。主に父が。つられて一家で見るようになる。サッカーに関してはずっとスペインとイングランドとイタリアを見てた。中田を追い、俊輔を追い、バルセロナを追った。野球は日ハムが北海道に引っ越してきて、新庄稀哲稲葉の素敵外野手トリオで北の大地を沸かせる迄、うちの野球の軸はメジャーリーグにあった。そう、イチローである。父はイチロー渡米のやや5年前、全米に正真正銘のトルネードを巻き起こした野茂英雄の活躍から朝3時起きとかで観戦していたらしいが、年齢的なそれもあり、そこに息子は参戦せず、2001年のイチローマリナーズ移籍から観戦の輪に飛び込む形になった。


スポーツの入り口がマリナーズイチローだったお陰で、日本のイチローを全くと言っていいほど知らない。むしろそれ以前の野球を全く知らない。スポーツ観戦していた記憶もない。フランスワールドカップの記憶がかろうじてるくらいだ。


なんとなく物心がついたころの、最初に何かに取り組んだ記憶は、物事がなんであろうと比較的に残っているものだ。イチローの2001年から2004年までの、つまり日ハムが越してくるまでの活躍は強烈に記憶されている。

移籍初年度から首位打者盗塁王シルバースラッガー賞ゴールデングラブ賞、MVP、新人賞を総ナメにした。小学生の将来の夢にも書かないようなタイトルの嵐。ここから10年間200本安打と打率3割の旅が始まる。

そして何と言っても2004年だろう。打率.378ヒット数262本。ジョージシスラーのメジャー最多安打記録を抜く活躍。活躍という言葉すらおこがましい。1900年代初頭の記録を現代野球で抜く凄さ。向こう数十年はまた破られないで続いていく記録だろうと思う。そうあって欲しい。ちなみにイチロー大好きスポーツ大好きな父はイチローが記録を達成する前夜に不整脈を患い、病院で電気ショックを与えられながらイチローの記録更新を祝うこととなった。歴史的瞬間に胸が高鳴りすぎたらしい。皮肉が過ぎるぜ。


イチロー自身ももちろん、マリナーズの記憶として根付いている。


その年の、2001のマリナーズは恐ろしく強かった。162試合のレギュラーシーズンを116勝46敗で消化。大リーグ記録を打ち立てた。戦うカード戦うカード勝ち越しだ。見てて面白い。圧倒的な強さでプレーオフに進み、インディアンズかどっかを蹴散らしてリーグ優勝決定戦に駒を進めるもヤンキースに敗れる。当時マリナーズこそ正義だと思っていた節があったから、ヤンキースはヒールであり、今もその印象はぬぐい切れていない。バーニーウイリアムスだけなぜか好感を持っていた記憶がある。名前が好きだったんだと思う。

14年前のマリナーズは、強いもそうだけど、見ていて面白かった。初めて真剣に見る野球だったこともあったのかもしれないけど、ものすごい楽しかった。

今でも当時のナインを覚えている。

イチロー、ブレッドブーン、エドガーマルティネス、ジョンオルルッド、マークマクレモア、マイクキャメロン、ギーエン、ダンウィルソン、あと一人誰だっけ。サードがわからん。打順は4番までは間違いないはず。シリーロだったかな。忘れた。覚えているとか強がった。

特にイチローとマクレモアとキャメロンの外野に震えた。俊足巧打の選手こそが正義だと、彼らに洗脳された。

投手陣の印象はあまりないけど、モイヤーってピッチャーが球遅いのにゴロの山を築いていた。技巧はピッチャーに夢を見た。三振だけがアウトじゃないことを知った。

そして監督。ルーピネラ。奴は凄い。116の勝利より数回の退場劇で球場を沸かせるスター。審判の判定に怒ったからってベースを引っこ抜いてぶん投げる監督は後にも先にも彼だけだろう。引っこ抜いてる間に冷静にならないでいられる盲目加減にあっぱれだ。


2001年にメジャーを震撼させたマリナーズだが、常勝球団への道は歩めなかった。美しくしりすぼみに収束して行って、イチロー大爆発の2004年にリーグ最下位に沈む。そこからしばらく、去年ワイルドカードに後一勝届かないニアピン賞を頂くまで、優勝にも勝利にも縁遠い球団となってしまう。

2001年は本当になんだったのだろうかと思う。奇跡のような年だった。そんな年にたまたまイチローが殴り込んでタイトル総ざらいして、スポーツ観戦の扉をそこから叩けた自分は幸せだとしか言えない。


あぁ本当に懐かしい。土曜日と日曜日のお昼には必ず見ていたマリナーズ。近年の記憶は弱小マリナーズでうわ塗られてしまっているが、勝ちまくっていたころがあったことを忘れてはならないのだな。

一人暮らしを初めて、めっきりスポーツを見る機会が減った。ただ親につられていただけで、心から観戦が好きだったわけではないんじゃないかとも思ったりもする。スポーツのために時間を作るだけの情熱が果たして隠れているだろうか。わからない。けどこれだけの思い出を残してくれたスポーツに、幅広い知識を与えてくれたスポーツに感謝したい。特にマリナーズ。あなたのことは岩隈含めずっと追って行くよ。メジャーのマイフランチャイズだから。


イチローは41歳になり、今年は初のナショナルリーグフロリダマーリンズでプレーする。疫病神なのかなんなのか、チームは絶賛大不調の嵐に見舞われている。それでもどこ吹く風で一人気を吐き続けるのがイチローさんだ。頑張れイチロー。頑張れマリナーズ

心から応援しています。