徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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実家暮らしと一人暮らしの休日ないし連休の過ごし方の差

新しい家庭を気付くないしそれに準ずる状態にならない限りは、いやむしろ、そうしたところで、親元を離れると帰省が必要になる。なんだかんだで誰も彼もが誰かの子供であるからして、親は恋しい。生まれた家が恋しい。よほどの諸事情で全部大嫌いになったなら別だが、ふるさとは恋しいものだろう。

対して実家に住み続けられる人は日常が帰省だ。これはうらやましい。実にうらやましい。拠点が安息の地である便利さと安心感は計り知れない。

大型連休があったとして、海外とかに積極的に出ていけるのは実家暮らしだろう。日々の安心感からして、どこへでも出ていける。親からしても、この顔を毎日毎朝見られるのは嬉しいものだろう。自分に置き換えたとしたらその喜びがよくわかる。

とにかく、我々一人暮らし勢はふるさとが恋しい。なんやかんやで実家が好きだ。我々かは知らんな、私だ、我だ。地元が北海道が恋しいのだ。親が友達が恋しかったりもするのだ。特にこんな五月だってのにあほみたいに暑い一日を過ごしてしまうと涼しさを求めたくなる。北しかない。

言ってしまえば、よほどスペシャルなサムシングがない限りは、大型連休の主役は帰省になってしまうのだ。みんなそんなもんだろう。田舎者よ。

同時に休日には自分しかいなくなる。一日誰の気配もなく過ごす一人の空間は多分実家暮らしのあなたが考えるよりも寂しいことだと思う。生活音は自分で出すか誰とも知らない隣人のものしかない。好きたい放題できる自由もすぐその切なさに飲み込まれる。さみしさに慣れた後もやることなさにひしがれる。ぺしゃんこ。

こんなことも実家離れているからこそ感じられることで、帰省をたっぷりできるにも関わらずに吟味の上で飛び込む旅行は、覚悟も伴っているからして思い出深いものになる。2月から3月のそれがそうだったように。


あーもう暑い