徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

エレベーターに知らない人と乗り合わせたときにどこを見ますか

今、何階通過中みたいなランプを見るでしょう。きっとあなたも。
気まずいのだろうか。間違いない。疑問系にするまでもなく気まずい。知らない人と望むわけでもない密室に閉じ込められる苦痛に耐えかねて、皆、上を見上げる。共通点はただ一つ。上昇したいか、下降したいか、それだけだ。その他の接点が持ちようのない人と共にする密室。こんなシチュエーションは、エレベーター以外に存在しえない。
よって、エレベーター内では空気が止まる。剣豪同士の決闘で、お互いの隙を探しつつ自らの隙を消す、あの間に似ている。いつだかの巌流島でも、きっとあんな空気が流れていたのだろう。互いが互いを無視しているようで、猛烈に意識している。しかし動かない。動けない。動いているのは、そう、あのランプだけ。ネコが猫じゃらしを無心で追いかけるかのごとく、我々はランプを見つめる。
また、止まった空気に、エレベーター内の密度は比例しない。2人きりだろうと、満員エレベーターだろうと、空気が止まる。知人複数人でエレベーターに乗り込んでも、中に人がいた段階で会話が止まることは珍しくないだろう。電車よりもずっと濃い密室が、会話を妨げる。しゃべることに対して申し訳なさすら感じてしまう。
袖振り合うのも何かの縁であるなら、コミュニケーションを取ってみたらどうか。いい天気ですねえ。最近めっきり寒くなってきましたねぇ。乾燥は大丈夫ですか。日本人極まりない切り口から、話題を探してみたらどうだろうか。しかし忘れてはいけない。相乗りといえど、それは階を跨ぐだけの業務的なものに過ぎないということを。各駅停車の一駅よりもはるかに短いスパンで、目的が達成される。もはや袖振り合ってすらいない。密室という距離にいながら、見えない距離は酷く開いているのだ。

全ての能動を打ち消す密室、エレベーター。何をしようと正解にはたどり着けないラビリンス。有意義の流刑地。
だからこそ我々はランプを見上げる。何するわけでもなく、ランプを見上げる。何階ですか?と聞いた後に。乗りまーす!と駆け込んだ後に。