徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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運動充足は健康か

最近運動不足だ。この言葉を本当の意味で使う日がこようとは。最後に走ろうと思って走ったのは優に半年前である。半年間の間、運動目的の運動をしていない。副産物としての運動はこなしてはいるが、その他の運動はしていない。限りなく、生活のために必要な筋肉以外はそぎ落とされていっている。スタイリッシュである。筋肉の断捨離だ。

先日、遅刻しちゃうよ的全力疾走をかました。東京の入り組んだ地下鉄網の上を駆け、地下鉄よりも早く目的の場所についた。距離にしておそらくおよそ800メートルほどか。赤信号に阻まれたりもしたが、それなりに頑張って走った。辛かったきつかった。何しろ久しぶりの運動である。あれほどお世話になった酸素が遠い。取り込めない。運動して気持ち悪くなっちゃう人の気持ちがわかった気がした。

その場だけで運動不足の影響は終わらない。突然動いた筋肉は痛み出す。筋肉痛である。たったの800メートル。トラック2周分。あの何周したかもわからないトラック、たった2周分の運動で、体が傷んで仕方ないのだ。しかも長い。痛みが続く時間が長い。しばらく痛い。

運動が足りていたころ、運動充足のころは、必ず足のどこかしらが痛かった。ハムストリングス然り、足の裏然り、ふくらはぎ然り、かかと然り。痛みと戦い続けていた。はたと運動から離れて、今、運動さえしなければどこも痛くない日々が続いている。暮らしやすい。生きやすいことこの上ない。だが、一般的に言って、健康なのは運動充足状態である。運動不足は大敵のように扱われる。

つまり、痛みがない生きやすい状態が、望ましくない状態だというのか。どういうことなんだ。あぁ、そうか、運動過多だったのか。今までは。じゃあ程よい運動は、どこも痛くなることなく健康のみを残してくれるのだろうか。

程よい運動をする気もあまりないので、答えはわからぬまま。この先何か熱烈にスポーツに惚れ込むまでは、わからぬまま。