徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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こんな日曜日の朝は徒然なるままに

朝に強い体質に英才教育をされてしまったが故、二度寝が極端に苦手な若者となった。仕事上、父は早起きで、つられて母も早起きで、朝の食卓は家族全員で囲みたいからと、一人息子も早起きせざるを得ない環境下で18年も過ごせば、低血圧で私ダメだわってありがち朝弱人間も高血圧化していくに違いない。

高校生まで、夜更かしは基本的にはしなかった。いや、まずしなかったと言っていいだろう。なにしろ朝が早いことはわかりきっているのだ。どんな時間に寝ようと、翌朝早く、具体的に言えば午前六時には、実においしそうな香りと共に強制モーニングが幕を開ける。だったらどこに夜更かしするメリットがあるというのか。いや、ない。

中学生はまだしも、高校生にもなれば夜中まで勉強をやらねばならない場面が出てくる。日頃の無精が祟って、期中・期末と恐ろしい強迫に急かされる。そんな時でも、朝は我が家の構成員三名に平等にやってきた。朝をもたらしているのは父なわけだが。だからこそ夜は頑張れないのだ。また、息子が夜遅くまで勉強していると知ると、母は息子が寝るまで起きていようとする。なんて素敵なホスピタリティだろうか。勉強しているふりして漫画を読むなんてマネは、良心がグズグズになるからできやしなかった。勉強するか、寝るかしかなかった。

夜遅くは、母の応援という名のプレッシャー。朝早くは父の朝ご飯という名のプレッシャー。両圧力の中をうまく生きる術として、早寝早起きが染みついた。

大学生となり、一人暮らしを始め、あらゆるプレッシャーから解き放たれたかのように思えた。しかし、今度は陸上が生活を縛り始める。何しろ結果が出なかった。生活習慣を崩すなんてことをしたら、もっとダメになるんじゃないかという恐怖におびえながらの生活。夜更かしなんてできやしない。なんなら実家にいるころよりずっと規則正しい生活をしていたかもしれない。太陽共に目覚め、寝る。野性を取り戻したかのような4年間だった。野性の走力は目覚めなかった。

足かけ22年間の朝方ライフサイクル。社会人となり、そこそこ付き合いも増え、休みの日は思いっきり寝てやりたいと意気込んで午前1時過ぎに床に就くも、6時前に起床してしまう日曜日。歩んできた道のりが間違っていたんじゃないかと一瞬後悔する。だが、なかなかどうして体は調子よく動く。何しろ22年間起きつづけた時間帯だ。体がそうできてしまっているのだ。どうせならと動く。掃除をする。洗濯をする。書類を片づける。小声でギターを弾きながら歌う。パソコンをつける。歌う。ブログを書く。勢い着けて曲も書く。

これだけやっても、午後の日は登らない。あぁ、やりきった。なんて充実した休日だったんだ。そうして気づけば、やり残したこと何もないです状態になって早く寝る。結局このサイクルである。

ラジオもつけない日曜日。曇り空雨模様の外を横目に見ながら、ギターを小脇に抱え、座布団の下に湯たんぽを忍ばせてパソコンに向かう。なんて素敵な。なんて素敵な1日か。