徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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人間関係はなぜに面倒くさいか

人間は考えるべくして考え、考えて淘汰されていった生き物だ。

 

ktaroootnk.hatenablog.com

 この記事で、そのあたりの事はつらつらと書いている。大きな口に特化したいきもの、視力に、脚力に、嗅覚に、触覚に特化したいきものがいるように、人間は思考に特化して生き残ってきている。

そう、考えてしまうのだ。幸か不幸か、考えてしまう。

 

考える物が、考えないものに関して考えると、話はこじれない。

人が、机を、欲しいと考える。

机は圧倒的な受動態だ。机が自発的にどうこうすることはありえない。細かいこと言うと、自発的に生きてきた「木」から切り出された時点で、この机は死んでしまっているわけで、死人に口なしよろしく、机に考える余地はない。意志が介入する余地がない。だから、机は黙って手に入る。お金という手段、物々交換かもしれない、けど、手に入る。

ただ、考える物が、考える物に対して考える場合、途端にめちゃくちゃ複雑な様相を呈する。つまり、人間関係なわけだけど。

人が、人を、考える。

能動態と能動態のガチンコ勝負である。人間Aが人間Bを考えている時に、当たり前のように人間Bも何かを考えている。Aに対する何かを考えているかもしれないし、全く別の事を考えているかもしれない。そもそもAもBばっかりを考えているわけじゃない。片手間だらけの考えを巡らせているのが人間の常だ。

こんなの複雑にならないはずがない。親子間、友人間、恋人間、他人間。近づけば近づくほどややこしくなれど、離れてしまえばややこしくすらなれない。ややこしくなりたいわけではないが、知らないわけにもいかない。

縦の糸があなた 横の糸は私

 中島みゆきが歌うと説得力を持ってしまうが、人間同士こんなに素直な織り目を成してはいない。

縦の糸はあなた 横の糸は私 斜めからは彼とあいつ 後方からは彼女 正面には行く手を阻む上司  私はあなたと直角に交わりたい あなたは本当は彼と織り目を作りたい 上司を避けたら糸が絡まりそうだからとりあえず上司と織り目を成してみる しかし上司はあいつと綺麗に織りなしている 一歩遅れたがために介入する余地がないから一応その下の上司の糸を探してみる あ、そういえばあなたと交わりたいんだった

織りなす布はいつか誰かを暖めうるかもしれない

 これくらいこんがらがっている。布的には不織布レベルの風通しの悪さであったまるかもしれないが、糸的には、たまったもんじゃない。ストレスフルだ。考えることが多すぎる。思惑が交錯しすぎている。

人間が知恵と知識を持ってから久しい。黎明期から当たり前のような人に築かれてきたであろう付き合いネットワーク。リアルタイムで更新され続けているアップデートの速さ。だからこそ文明が発展したし、考えが深化したのだろう。

関係が複雑になりきってから生まれた我々現代人。より様相を複雑にしようとする営みの中で、面倒になりながら、一喜一憂しながら、やっていくしかないのだ。

ディスイズ人間。それでこそヒューマン。

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