徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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自転車インシデンツ

事は今日のAM11時ごろに起きた。

僕は普段の休日通りの一日をスタートさせていて、朝ご飯を食べ、洗濯機を回し、その間にクリーニング屋さんに出かけていた。買い物袋いっぱいに洗濯物を詰めて、自転車で颯爽とクリーニング屋さんに赴く。一人暮らしのサラリーマンでアイロンが家にない生活をしている人であればわかるだろうが、クリーニング屋さんに通う頻度は物凄く多い。週二回は通う。当たり前のように顔なじみになるクリーニングのおばちゃん。

どもー。と袋の中身をひっぺがえす。

今日は四点ですねー。ポイントカード出してもらえるー?

そこで気が付く。財布がない。

おばちゃん、ちょっと待ってて!今財布取ってくるから。保留で!

洗濯物を置いて身軽になり、とりあえず財布を家に取りに戻る。おばちゃんを待たせては悪い。家の前にチャリを停め、財布を取り、家を出る。待ってておばちゃん!

家の前に出てみると今度はチャリがない。1分前まで乗ってて、きっとまだサドルが温かかったであろうチャリがこつ然と姿を消している。

確かにカギをかけずにチャリを置いた。しかし目を離したのはものの一分もない。そうそう人通りの多い通りじゃなしに、きっと管理人さんか大家さんが駐輪場に持って行ってくれたんだ。きっとそうに違いない。

駐輪場にもない。ほほう。

いよいよ窃盗の二文字が頭に浮かぶ。

常々、自転車の空気を抜くいたずらをする人間の気が知れなかった。誰の得にもならないじゃないかと。だったら持って行ってくれた方がまだいい。こちらに被るとんでもない不利益の代わりに犯人の移動が楽になっているのだから。そこに得が生まれているじゃないか。幸せが生まれているじゃないか。

なんてあまちゃんシンキングを常日頃していたのだが、いざ持って行かれているらしいとなるとあまり面白くない。たとえ乗車していたのが自転車屋さんで一番安価なママチャリだったとしても。そこには僕と彼との苦楽が詰まっているのだ。

ひとしきり辺りを見回して、感傷に浸った後、おばちゃんを待たせていたことに気が付く。

ごめんおばちゃん!いまチャリ盗られちゃってさ。うんぬんかんぬん。

上に述べた薄っぺらい哲学をおばちゃんに語ると、おばちゃんが施錠の大切さを雄弁に語る。チャリを巡ったエール交換をした後、おばちゃんに洗濯物を預けて家路についた。

しかし今日はやらねばいけないことがまだあるのだ。免許の住所を変更しなければならない。自転車で行けば15分くらいの距離にある自動車教習所だが、歩くとなると40分はかかる。さてどうするか。

面倒くささとやらねばならないことに板挟みになりながら、どうせ天気良いからと歩くことに決める。

はて、我が愛車はどこぞに転がっているのだろ。きょろきょろ見回しながら家を出て30秒。

二つ隣のマンションの駐輪場に愛車は立ち尽くしていた。

間違いなく自分のだ。色、形、汚れ方。愛車そのものだった。取り返そうかと思ったがしかし、用心深いことにカギをかけられてしまっている。容易に動かせそうにない。

 

果たしてどうしたものだろうか。

諦めのつくような、目の届かない場所まで持って行ってくれたなら。きっと一番安いチャリだしいっぱい乗ったし、ちょっと良いのを買おうって気になっていたに違いない。でもあまりにも近い。あまりにも近くに被害車がいる。ちょっと諦めるにはもったいない気もする。

現状、自転車に張り紙を張る案が出ている。

「自転車の持ち主です。この自転車と苦楽を共にしてきました。どんな坂道でも、僕の踏込に忠実に応えてくれました。夜中に心細い道でも、ダイナモの音と頼りない明かりで行先を照らしてくれました。どうか、どうか僕の元にこの自転車を返してくれませんか。もし少しでも貴兄に自転車を返してもいいという気持ちがお有りでしたら、いついつにカギをかけないままでここに自転車を置いてはいただけないでしょうか。」

感情に訴えかけてみてどうだろう。読んでくれはしないか。

出来れば穏便に回収したい。目と鼻の先の彼を、さざ波を立てることなく取り戻したい。マンションの前にカギをかけない状態で一瞬でも置いてしまった瑕疵は、確かに僕にある。けど持って行っていい道義はきっとない。

ちょっと良いチャリを買うのは、問題解決後にしたい。