徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

小学一年生、夏。冷やし中華がわからずに号泣した夏。

今週のお題「給食」

七歳。小学一年生。僕はおかわり大王とクラスで呼ばれていた。

好き嫌いなく給食をなんでも平らげ、あらゆるおかわり可能性のある献立をおかわりしていくその様に名付けられた、なんとも小学生らしいキュートなあだ名だった。

今日は○○くんがお休みしているので、牛乳が余っています。飲みたい人!

一寸も間を置かずに挙手。

今日は○○さんの分のフルーツゼリーが…

挙手。

先生、この余った冷凍パインもらってもいいですか。搾取。

とにかくなんでも食べていた。誰も手を付けていない牛乳のような代物はもちろん、隣のサトコちゃんが残した中華スープだって、肉団子あんかけだって、何でも食べた。アイデンティティなんて言葉を知る前から、僕のアイデンティティは確立されていたのだった。

 

ある夏の日。献立に冷やし中華が現れた。

冷やし…中華…?

僕は全く想像できなかった。中華ってなんだ。冷やし中華があるってことは冷やされていない中華もあるってことか。中華料理はなんとなくわかるけど、中華料理に中華なんて食べ物あるのだろうか。多分僕は中華も食べたことがないし、ましてや中華を冷やした冷やし中華なぞ食べたことがない。

僕はおかわりできるのだろうか。

不安でいっぱいである。そりゃそうだ。毎日毎日おかわりすることで自我を保ち続けた男が、突然おかわりできるかわからない代物に出くわすのだ。自分がそれを好きか嫌いかもわからない。全く想像がつかない。自我の崩壊である。アイデンティティの拡散である。

献立は一か月分出ていたが、冷やし中華の日が近づくたびに胸が苦しくなった。思えば200本安打を毎年続けていたころのイチローもこんな気持ちだったのかもしれない。胸中お察しいたします。

不安を見せるのも嫌だった。何しろ大王なのである。ベジータでさえ王子だ。ピラミッドを作ったのでさえ、クフ王である。その上に君臨する大王。アレキサンドロス大王と肩を並べる存在。給食界のアレキサンドロス。弱音なぞ吐けるか。

そうして迎えた 冷やし中華2日前の休日。内なる不安と上辺の余裕がねじ切れた。

僕は壊れた。

ああ、そういえば丁度、かの野々村県議のぶっ壊れ方に非常に近い壊れ方をした。二つだけ異なるのは、公共の電波に向けたぶっ壊れか両親にのみに向けたぶっ壊れかという点と、理由が不正支出か冷やし中華かという点。

一家庭で野々村県議を先取りした少年を子に持った親は、やはり心配になるらしい。子の主訴を聞き入れ、冷やし中華の練習に近所のラーメン屋に向かった。

冷やし中華は冷えたラーメンだった。

冷えたラーメン?

とてもじゃないけれども信じられない代物だった。

ラーメンといえば熱々ラーメンどんぶりに揺られてきて然るべきだ。何故に皿に乗っているか。そして何故に酢が入って酸っぱいか。殆ど食べられなかった。

得体の知れないものから、知ったうえで食べられないものに昇格した冷やし中華の地位は不動なものとなり、冷やし中華の日に学校を休んでしまうかと真剣に考えた。

叱る両親。

んなことで休んでどうするの本当にもう!

正論だ。だが時に正論は残酷である。僕には給食しかないのだ。おかわりする僕こそ僕だ。おかわりできないどころか、残すなぞ許されるはずがない…

当日、母の粋な計らいで担任の先生に裏を通してもらって小盛りでよそってもらうこととになった。グッジョブ過ぎる。

朝からずっと、頭の中は冷やし中華である。あの酢いを、僕は皆の前で食べられるのか。


結論から言おう。おかわりした。


案ずるより産むが易しという諺を、あの時身をもって、舌をもって感じた。あれほどまでにビビりまくっていた冷やし中華の味が、震える舌に思いの外優しくフィットしていった感触をきっと僕はいつまでも忘れないだろう。

これは行ける!食べられる!と思い、おかわりに立った時の担任の驚愕した顔も忘れないだろう。え、食うの?みたいな。


食わず嫌いほど愚かなことはない。食べ物として調理されている以上、それを食べる人がいて、それを食べさせるために作る人がいる。もっと言えば食べられるために調理されるものがある。

そんなもの、おいそれと無下にできるはずがない。

冷やし中華だってゴーヤーチャンプルーだって臭豆腐だって。みんなみんな食べ物なんだ友達なんだ。