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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

大原櫻子「キミを忘れないよ」に感じる率直な違和感

最近ラジオからよく流れてくる、大原櫻子さんの楽曲。

健康的な弾き語りを聴かせてくれる。安心して電波にも乗せられるし、テレビにも出られる。本人もマスコミも視聴者も嬉しい、三方良しのアーティストである。最近頻繁に耳元に垂れ流している大森靖子とは全然違う。しかし、みんな違ってみんないい。

彼女の代表曲なのだろうか。「キミを忘れないよ」という曲がある。これまたラジオからよく流れる。まるで清涼飲料水のような曲だ。全くもってすいすい飲み込める。ざらついたところが一つもない曲である。浸透がいいから、その分聴いた後の感想も述べ難い。毒もないが、棘もない曲のように感じていた。

何度目かの「キミを忘れないよ」に真剣に耳を傾けたのだが、歌い出しに大きな違和感を覚えた。

つないだ手の愛しさが

たぶん恋だということに

まだ気づかない夏の始まり

さあ 手をつなごう

キミの笑顔が

消えてしまわぬように

最初違和感を感じたのは、

「つないだ手の愛しさが恋だと気づかない夏の始まり」

という節だ。

手を繋いでいるシチュエーションで恋じゃないなんてそんな不埒なことがありますかと。僕は知らない。少なくともそんないたずらなシェイクハンド、僕は知らないぞ。

ただ、想像力を逞しくすれば、ここの違和感は解消される。

どうやら夏の歌らしい、「キミを忘れないよ」。

夏。夏と言えば肝試し。怖がる彼女。強がる彼。歩かねば進まない。進まねばたどり着かないゴール。そろーりそろりと歩みを進めるも、やはり怖い。彼女の手を取る彼。二人で恐怖をごまかしながら進む。特に恋愛感情はない二人が、手を繋いでいる。しかし、怖がる彼女が、強がる彼が、そこはかとなく愛おしい。

まだ、恋とは気づかない、夏の始まり。

わからんでもない。わからなくはない。あぁ、くそう、こんな夏を過ごしてみたかった。自分で書いていて無性な虚しさを感じる。あぁ。

 

最初に感じた違和感は解消されたかに見えた。が、直後にさらなる違和感が襲ってくる。

「さあ、手をつなごう」

手は繋いでいたんじゃなかったか。違ったのか。不可抗力的に繋いでいたかに見えた手が、すでに離れてしまっているらしい。続くのが、

「キミの笑顔が 消えてしまわぬように」

非常に難しい。なんというか、解釈が非常に難しい。

最初の一節で、『つないだ手→愛しい→恋』という話が展開されている。そこに続いて「さあ 手を繋ごう」と続くということは、暗に「恋をしよう」と喩えていると考えていいのだろうか。キミとボクで、恋に落ちようと。すると、どことなく「君の笑顔が消えてしまわぬように」が説明つく気がする。でも、「つないだ手の愛しさが恋だと…」の件の直後に「さあ、手をつなごう」と誘うような言葉た続くのはどうしても違和感があるように思える。僕の日本語力が至らないだけな気もする。

 

今見てみたら、「キミを忘れないよ」の作詞は、さくらももこさんであった。もものかんづめには本当に笑わせていただきました。

この曲の主人公たちの手は、歌い出しの段階でどういう状態にあるのかだけでも尋ねる機会があれば尋ねてみたい。

つないだ手のぬくもりがぁ~~

本当に耳ざわりいい曲だ…