徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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思い出の音色

実家にいたころ、ちょっとしたドライブに行くときは必ず車の中にCDをたくさん持ち込んだ。片道一時間ほど。アルバム一枚聞いて終わるか否かの時間しか車の中にいないのに、洋楽邦楽構わず2枚組のベストアルバムのような大ボリュームなCDを5枚も6枚も積み込んでドライブに行った。

常連はこのあたりである。

 

 

海のYeah!!

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The Beatles 1

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ビリー・ザ・ヒッツ

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Greatest Hits + DVD

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Best of Simon & Garfunkel

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GSコンピレーション・ベスト30

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これらのアルバムを聴くと、否応がなしに親父が運転する車の助手席から見える風景が思い出される。晴れた北海道の山道をゆき、屈斜路湖が近づいてくるあの風景。知床へ向かう間の岸壁だらけの景色。たまに石北を越えて旭川の方へ向かう時の断崖絶壁且つ絶景。少しだけ窓を開けて、猛烈な隙間風を受けながら、桑田ないしは諸アーティストの曲を口ずさんだものである。懐かしい。

匂いと共に、音楽もあっという間に当時の感覚を想起させる。

 

晴れた日の休日、現自宅の窓を開けると、近所の中学校から吹奏楽の音色が聞こえてくる。最近はそれにノスタルジーを掻き乱されている。

僕の通った中学校は吹奏楽が恐ろしく強かった。全道大会で金賞を取るのは当たり前で、金賞の中でも全国に行ける金賞を目指していた。全国に行けない金賞はダメ金というらしく、ブラス少女達はダメ金に泣き、モノ本の金賞に歓喜していた。特にマーチングに定評があった気がする。一糸乱れぬあの足さばきと平行移動は、僕の脳裏に刻まれている。

グラウンドの中央で野球部とサッカー部が活動する中、我々陸上部はグラウンドの端をなぞるように走り続けていた。近くの競技場に週何回かは通っていたものの、基本的にはグラウンドの端が主戦場であった。放課後になると一斉にみな部活に取り組む。キャッチボールと鳥かごパスが繰り広げられる中、僕らは動きづくりをし、校舎の中からは吹奏楽のピッチを合わせる音が響いていた。吹奏楽部に入ったことがないため詳しいことは分からないのだが、恐らく各パートがまとまって練習をするのだろう。校舎の外ではありとあらゆるパートがごちゃ混ぜになったけたたましい音色が鳴り響いていた。

中学の三年間、部活の時には必ずと言っていいほど吹奏楽の音を聴きながら走っていたわけだ。すると、少なくとも僕の中で、中学陸上のBGMは吹奏楽の音色になってしまっている。特に目立った戦績を残したわけでもない中学陸上だ。僕より速い選手なんてオホーツクにごまんといた。負けて然るべき選手であった。でも、中学生活というものは戦績には変えられないプレシャスなサムシングであり、振り返ってみれば間違いなくそれは思春期で、強烈な淡いメモリーとして僕の中に納められている。陸上の練習風景の想起はそのまま中学生活の想起となり、発展途上だからこそ時の流れがゆっくりだった気がする頃の日々の想起となる。

人生のアルバムを作ったら確実に出演してくるであろう連中と出会ったころのBGMが、窓の外から流れてくる。当時と似たような日本晴れの空に、裏の公園の木々は茂る。東京にて遠く離れた故郷の一昔を思う。なんて贅沢なことだ。なんて切ないことだ。遠くで揺れる木々のずっと手前、ベランダで揺れるYシャツが今の僕の現実で、マーチングの足音も吹奏楽の音色も今はもうない季節である。しかしまぁ、思い出せるだけの思い出があり、それがまた良いものである現状に幸せを感じつつ、漫画の新刊を買いに行く。

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