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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

「世界史・日本史における忘れられない単語を振り返る」シリーズを書こうとして、知識の足りなさに折れた

半月ぶりのシリーズを執筆せんとして、猛烈な知識不足に悩まされている。

この語感シリーズは、御託はいいから語感のいい言葉を挙げ連ねていければいいくらいの気持ちでいた。その副産物として、少し歴史について詳しくなれればいいなくらいの気持ちだった。いざやってみると、歴史の連綿加減に心が折れそうになる。カントが経験論を否定したのもよくわかる。白紙なんてありやしない。必ず歴史は繋がっている。歴史の中に僕らは生きているし、十返舎一九も歴史の中に産まれている。

厄介なのは、近現代になればなるほど歴史の動き方が派手になっていく点だ。地方完結の古代を抜け、国内の問題が噴き出てくる中世の果て、世界を巻き込んだ近現代がやってくる。人間の思惑も弁証法的にかしこくなっていくのがわかる。代理戦争が主になってくると関係国が煩雑になって凄まじい。

点と点を線でつなぐような歴史を学ぶのはきっとwikipediaとChiebukuroを総動員すれば難しいことじゃない。でも面で歴史を捉えようとすると一気にその難しさが増す。知らない単語だらけのwikiを読んだところで何も実にならないし、ただのおうむ返しをしているだけになってしまう。自分の中に落とし込んだうえで文章を書かないことには面白くもならなければ上手くも書けない。

 

そういうわけで、次の休日の歴史の教科書書き下し本を買おうと思う。面で歴史を捉えたうえで、新たな歴史用語の発掘、人生を生きる上での転ばぬ先の杖の醸成を図りたい。

果たして音楽をやりたいのか歴史を学びたいのか、甚だ疑問である。なんなら本業は商売である。しかし、大上司の如き含蓄マンになるためには興味関心に身をゆだねて貪欲に知識を得、狡猾に生きていかねばならない。

スマホの画面を愛撫している時間を何とかさっぴいて、明日ほんの少し歴史を勉強する。

 

 

ちなみに張作霖爆殺事件についての記事を書こうと思い、登場人物の多さと事態の煩雑さに心がおれた次第です。精進いたします。