徒然雑草

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山椒ふりかけがマジで美味い

マジで美味い。

 

永谷園 山椒ふりかけ 30g×10袋
 

 同僚のおばちゃんが持っていた。ちょっとかけてみる?ってお言葉にメロメロに甘え、お弁当にふりかけた。これがうまいのである。ちょっとやそっとのおいしさじゃない。山椒の概念を星一徹の如くひっくりかえす代物である。

これまで、山椒は無くてもあっても別にいい存在だった。うな重に山椒がかかっていないとダメなんていう硬派な人間でもなければ、無い方が良いなんていう軟派な人間でもない。寿司のわさびも別にあっても無くてもそれなりに食べるし、唐揚げにレモンをかけてもかけなくてもどっちでもいい。料理のアクセントに対するアンテナが低いのかもしれない。

メインがあり、それを引き立てるアクセントとしての山椒。これが山椒の常であった。だがこのふりかけは違う。おかずである。おかずとして、山椒が君臨をしている。ふりかけだが、おかずである。しかもその中心に山椒がいる。奇跡のふりかけである。

ポイントは、「甘辛しょうゆ味」

甘辛しょうゆ。甘く辛い。愛しさ余って憎さ百倍に代表されるように、相反する二つの感情がくっつくと、いやに魅力的な響きが醸成される。太極拳の陰陽図然り。甘辛にも間違いなく同じ力が宿る。砂糖と醤油。肉じゃがを作るにも、煮物を作るにも、和食の基本のきとも言える組み合わせ。DNAに刻まれたジャパニーズスピリット。甘辛。白米至上文化が発端に違いないこの味付けに乗った山椒は、最早脇役であることを辞め、真っ白な舞台の上で堂々たる戦いを見せる。

舌が貧相な僕でもわかる。甘辛+山椒=コクである。コクについてはこの記事でも言及した。

 

ktaroootnk.hatenablog.com

 

牛乳のコクは臭みと甘味であった。山椒ふりかけのコクは、香りと甘辛である。鼻に抜ける香りに乗っかった甘辛。自家中毒のような香りと味の反芻の中で、ひたすらにご飯が進む。永久機関だ。なんと豆腐にかけてもおいしい。守備範囲も広い。どこかのスーパーで見つけたら、是非食卓を彩る一品として検討してほしい。山椒が好きな人、嫌いな人。構わない。山椒だと思うといい意味で期待を裏切られる、素敵なふりかけである。

万歳山椒。