徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

四字熟語もじり

高校の陸上の大会において、スタンドを埋め尽くすのは各校の応援旗である。チームカラーで彩られた、赤青黄色の旗がたなびき、横断幕が掲げられる。

「挑戦」「限界突破」「最強」

各々の学校で、各々の決意が、耳障り目障りにならない文字になって横断幕に刻まれている。中でも目立つのが、四字熟語もじりである。

「走思走愛」

わからんでもない。言いたいことはすごくわかる。走りを思い、走りを愛する。陸上競技を続け、「限界突破」に向けた「挑戦」をするにあたり、「最強」な文言だ。好きこそ物の上手なれ。走思走愛できた者こそ、真のランナーたれるのだろう。僕もその境地を知りたかった。走思走愛したかった。

スタンドとかでお弁当を食べながら「走思走愛」を見ている分には、まったりのんびり陸上競技とはなんたるかを哲学できるものの、一度レース前に「走思走愛」を見かけてしまった日には、これから始まる鬼のようにキツい50秒強に集中ができなくなる。


オンユアマーク。

走思走愛…果たして僕は号砲とともに始まるデッドレースを本当に愛することができるのだろうか。最後のコーナーを回り、直線に入った時、僕はこれから踏み出す一歩を後悔せずにいられるのだろうか。

セット…

遠くなる意識と、鉛のような四肢をもってして、それでもまだ、「走思走愛」と言っていられるのだろうか。わからない。わからない!

バンっ!

こんな雑念エンターテイメントを脳内で反芻して、タイム出るはずがないのである。不惑の境地までまだまだ時間がある若人が、「走思走愛」に惑わされないなんて、無理無理なのである。


乱されない心を探し求める日々が続いていた高校陸上の競技者生活。ある時吹奏楽部の定期演奏会に誘われたので出かけた。幕が上がる。音楽教師を中心に弧を描いて座っている吹奏楽部員。そんな彼らの背、舞台の壁面には、吹奏楽部の横断幕が掲げられていた。

「奏思奏愛」

お前らもか。