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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

ここのところ、頑張って生きている

ここ2日くらい、頑張って生きている。本気である。頑張らなければ生きられないほど弱っているとかいう、ネガティヴな話ではない。ポジティブに次ぐポジティブ。前進に次ぐ前進。のんべんだらりと生きられる所を歯食いしばって頑張って生きている。

きっかけは人事部の次長の発言であった。

神奈川在住。都心の事務所までは1時間半の道のり。出社時刻は9時。しかし彼は7時半にはオフィスの最寄駅に着き、喫茶店に入り、新聞に目を通し、世の動向を見極めつつ、その日どのように周りを巻き込みながら生きるか考えていると言う。1時間半のラグジュアリーシンキングタイムである。

すげえなぁと思った。世の中こんなに本気で生きている人がいるのかと。そしてヘンなところの負けず嫌いが着火し、僕も何日か頑張って生きてみようと心に誓ったのだった。


今や、僕の朝は早い。

もともと7時半に起きても間に合うところ、6時15分起床である。起き抜けにとにかく走る。まず走る。家の裏の公園に設定されている1キロちょいのランニングコースを3周はする。おおよそ20分弱である。体操ストレッチをし、家に帰る。6時50分である。汗をかいてはいるが、すぐには風呂に入らない。汗を出し切ってからじゃないとすぐベタベタになる。だから汗が一応引くまで、弁当を作る。

ここまで起き抜けから一切妥協なく動き続けている。

弁当の算段が整うと、すかさずシャワーを浴び、身支度を整える。ここまででうまいこといくと7時10分とかだ。先週までの自分がまだ寝ている時間に、すべての支度が整えられ、且つ、走って汗も流している。異次元アクティブである。

ここでやっと動きを止める。朝食である。しかし、僕は止まらない。そう、新聞である。貪り読む。興味関心の垣根を越え、活字を愛し、文節に恋をする。読んでみたら面白いから読むのではない。面白くなるまで読むのを止めないのだ。興味は創り出すものである。決して向こうから歩いてはこない。

朝食が終わったらそこからはひたすらに新聞だ。とりあえずわかったようになっていた経済近辺の仕組みに対する知識が全然あやふやだったことに気がつく。不勉強を呪い、猛勉強を誓う。気持ち早い電車を目指して家を出て、電車の中でも新聞である。読みきれない量の活字をぶん投げてくる新聞紙各社には恐れ入る。そうしておおよそ朝1時間ほど新聞とにらめっこをして、最寄りの二駅前くらいから本日やることの算段を見定め、元気に出社をする。


どうだろう。本気さと頑張っているのが伝わるのではないだろうか。何しろ、当方、本気で頑張っている。2日3日の話だが、全力疾走だ。やってみてわかるのが、これはものすごく体力がいる。なまじっかのホワイト企業に就職したため、ぬるま湯に半身浴をしている状態が1年ほど続いた。その所為だろうが、どうしようもない人間に成り果ててしまったのかもしれない。レベル上げをしなければならないのに、最早倒しても経験値のもらえないスライムの如き雑魚敵と戯れているだけの人間になってしまったのかもしれない。

由々しい。由々しき事態である。

大体人間は三ヶ月くらいであらかたの細胞が入れ替わると言う。体を鍛えていた頃も、なんとなくそんなメカニズムを標榜して走っていた。

この全力ライフがどれだけ続くかも知れないが、一応いけることまで頑張って生きてみようと思う。頑張りの方位磁石が狂っているかもしれないが、それはそれとする。