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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

ワールドシリーズとヤギの呪い

押しも押されぬスポーツ観戦一家の影響を受けて育ったため、幸いにもスポーツに関しては小雨時の水たまり程度に浅く広い見識を持つようになった。

そういうわけで、ワールドシリーズである。

小学生の頃、メジャー30球団の都市名と球団名を一致させようと躍起になっていた。親父に都市名を言ってもらい、球団名を僕が答える遊びをよくしていたのを覚えている。コロラド・ロッキーズがどうしても覚えられなかった。

イチローの10年連続200本安打が途切れたころ、僕も上京して、スカパーもWOWOWも見られない環境に置かれた。あの選手がどうだ、このプレーがあーだとゴタゴタ言いながらの観戦ができない環境にも置かれた。そうして僕はスポーツ観戦一家から名実ともに独立していった。

しかし今年のワールドシリーズは何やら盛り上がっているらしい。そう、ヤギの呪いである。

多分今日カブスが勝ったら散々ワイドショーで取り上げられるだろうが、ヤギの呪いなるジンクスがカブスを一世紀以上縛り付けられていた。詳細はその他Googleに任せるが、概要としてはこうだ。100年ちょっと前にヤギを連れてカブスの球場に観戦に来た客を球場スタッフが締め出した。ヤギなんで連れて野球を観に来るなと。もっともな対応だが、take me out to the ball game の精神には大きく反するそれだ。締め出しを食らったお客さんは、「カブスは2度と優勝できないかんな!覚えてろよ!」って憎まれ口を叩きながら帰ったと。そのシーズン、カブスはまさかの大失速の後散々な結果に終わり、本当にそれから100年以上チャンピオンになれていないというものである。カブスといえば未だサミーソーサの印象が強いのだが、彼を要してでも打線は繋がらなかった。

東海岸にはもう一つの呪いとしてバンビーノの呪いなる呪いがあった。ベーブルースを無下に扱ったレッドソックスが罹患していたのだが、これは80数年で無事呪いが解けた。

メジャー最後の呪いが解けるかどうか、今日の、なんなら今始まろうとしている試合で決まるのである。

スポーツ観戦一家を飛び出した僕は現在のメジャーの力関係がよくわかっていないし、すごい選手が誰なのかもわかっていない。なんとなく勝ち星と打率等を眺めるだけである。だからどっちに肩入れするもないし、展望を語ることもできない。

カブスが勝った時、ヤギの呪いが解けるのだが、どことなく寂しい感じがする。カブスのファンでも、川﨑宗則のファンでもない僕が思うカブスのイメージはヤギの呪いそのものであり、ヤギの呪いは家族でメジャーをテレビ観戦していた団欒を思い出させるのである。マリナーズインターリーグカブスと当たった時に親父が話したヤギの呪いの話。バンビーノの呪いの話。

一つの歴史が開かれることは、一つの歴史が終わることを意味する。ヤギの呪いが解けると、幼い頃の記憶が少し遠いものとなってしまう気がしてならない。呪いが続くなら、あの昼下がりの延長線上に今があるのだと、確かに思える。


午後が始まる頃にはきっと大勢は明らかになっている。トランプとクリントンよりも、今日だけは、カブスとインディアンズである。100年の呪いの行く先はどうなるだろうか。

先発がどんな人かもわからない素人が見つめるワールドシリーズは、望郷の念に彩られている。