徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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多数決が絶ったいくつかのこと

公立以外の選択肢がない田舎に育った僕が通った中学校は、半径3キロくらいの校区から集められた生徒が通っていた。酷く荒れていたわけではないが、やはり中学生的反社会勢力はあった。話が通じないような奴はいなかったが、大別すれば不良に分けられるであろう生徒は一定数通っていた。

中学三年生の頃である。当時、うちの学校で理科を担当していた教師は、どうも生徒からの評判が芳しくなかった。何がいけなかったのかはよくわからない。振り返ってみれば幼い頃によくある、なんか気に食わないとか、なんかいけ好かないとか、そういった類の毛嫌いであったように思う。不思議とみんながみんなあまり好いてはいなかった。

触るもの皆にささくれとかかすり傷程度の裂傷を負わせる不良一派は、その教師のことをナメきっていた。授業中にちゃちゃを入れたり、空いてる席に移動して喋り出したり程度は、割と日常の景色であった。

ある日、教師が喝を入れた。

お前らの態度が直らない限り、もう授業はしない。それでもいいのか。

ある種の劇薬ではあるが、少し考えたら劇薬がどう作用するのかわかりそうなものである。裏目にでるであろうことは自明であったはずだ。けど、言わざるを得なかった教師の心中を察してしまう。辛かったのだろう。

結果として、裏目に出た。不良とされる一人が言った。

じゃあ帰れよ。いいよ授業しなくて。おいみんな、こいつの授業受けたい奴手ぇあげろよ。はい、ゼロー。いないー。

その後、教師が帰ったかどうか、僕はよく覚えていない。ただ、この多数決が強烈に記憶に残っている。いや、多数決ではない。あの状況下で、授業を受けたいと言える人間がいただろうか。いや、いなかったろう。しかし、授業を受けることないしは、授業を受けたいと言うことが、中学生としての最適解だったことも間違いない。そう考えていた人間は、少なからずクラスの中にいたはずである。半ば一方的な多数決・多数決を包む空気が、おそらくは正しいであろう道を阻んだのであった。

 

アメリカ大統領戦から一夜明けた。

トランプが勝った原因として、既存の政治に対するアンチテーゼであり、グローバル化の恩恵を得られない層・移民の影響をもろに受ける層(悪影響のみを受ける層)が想像以上にトランプに票を入れたことによるされている。

実際のトランプの政治手腕は全く未知数である。もしかすると飛び切りの敏腕を発揮するかもしれない。ただ、現状の風潮をみると、あまりに自国の益のみに固執するトランプの方策に懐疑の目で見ている識者が多いようである。巷の意見ももっぱらそんな感じである。

識者と巷の意見がもし正しいとすれば、きっと、僕が中学生の頃に経験した多数決の良くない面が前面に出てしまったのではないかと思う。「繋がりだした世界」に首を絞められる層の大意により、なんとなく正しいように見えた道(民主党継続路線)が閉ざされてしまう現象。「学校教師」という既存の権力を良しとしない層の大声により、なんとなく正しいように見えた道(授業を受けたいということ)が閉ざされてしまう現象。

僕のなかで、あの多数決は未だにザラッとした記憶として残っている。理科教師は、僕らの学年が卒業してから間もなく教師を辞めた。辛い思い出が多かったと、成人式の後の同窓会に寄せられたコメントに書いてあった。コメントを見た時、多数決のことを思い出し、何とも言えない気持ちになった。

今回の大統領選挙が、米国民にとって、ないしは、世界の人々にとってザラッとした記憶とならなければいいと思う。もはや、トランプ次第であるのだが。

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