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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

ルームジェラシー

友人が同棲を始めて久しい。大学時代の四年という、この上なくぼんやりとして取り留めのない時間を、僕も含めて仲良く過ごしてきた仲間のうちの2人が、同棲をしている。それも我が家からほど近く、自転車で5分とかからない距離である。 昨日、仲のいい友人数人で同棲ホームにお邪魔した。鍋をした。めっきり寒くなったここのところだから、鍋は堪らなくうまかった。 鍋はまぁいい。唸るのは部屋である。 ちょっと気合の入れたワンルームマンション程度の間取りだが、本当にうまく使っていて感動した。というか、端的に言えば、ソファとテレビとブルーレイ再生機器を我が家にも揃えようと意を固くした。 まずソファである。これは凄い。もはやソファで全生活の質が決定するといっても過言ではない程だ。テレビのトイメンに置かれ、寛ぎの権化となったフカフカは、2度とそこから離れられない魔法を僕らにかける。心地の到達点。不便の融解点。現在我が家では空き段ボールに新聞紙を詰めた椅子を採用しているが、リストラの対象とすることを決めた。 そしてテレビ。僕は現在、人の好意に甘んじまくったテレビを使用している。「タンスの肥やしになってるだけだから貰ってよ。」この優しい一言、思いやりの気持ちが、ラジオしかない僕の朝方と夕刻に彩りと動画を与えた。しかしいかんせん、タンスの肥やしになっていたテレビなので、型落ち感は拭えず、近くに寄らずとも液晶の粒子が判別できてしまう。不満はない。全くもって不満はないが、友人宅のテレビを観るとどうも物足りなさを感じる。友人宅のテレビも大きくはないのだが、型は新しいのだろう。僕の知っている地上デジタル放送とは全く別の美しさがそこにはあった。 最後にブルーレイ。現在我が家では6年前に買ったノートパソコンを使って、一生懸命DVDを観ている。やはり映像は荒い。さらにテレビでは観られていない。もし仮に、ソファとテレビが新調され、ソファに座りながら美しい映像を観られるようになった暁には、きっと映画もアニメもそこで観たくなるに違いない。するとBlu-rayが欲しくなるのは必然であり、自明である。 僕はものに頼らないで生活してきた。上京時に買い揃えた幾ばくかの家財道具で、細々と生活を繋いできた。重ね重ね、不満はないが、この上ない満足を知ってしまうと、不満がない生活が不満に落ちていってしまう。悲しいことだが、仕方のないことなのだろう。 友人宅の鍋から一夜明けた今、部屋を変えたくて仕方ない。過剰を整理し、不足を補いたくて仕方がない。 だが年末。時間はない。休みもない。もどかしさばかりが募る冬。 ソファだけでも。あぁ、ソファだけでも。