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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

食事の作法を何とかしてくれ

肘をついて、くちゃくちゃさせながら飯を食べるそこのあなた。全くこれまでどういう人生を歩んできたというのだ。顛末書を書いてほしい。今すぐ顛末書を書いてほしい。世界を見れば、多少の文化の違いはあろう。韓国では肘をつくとか、インドやらアフリカやらでは素手が普通だとか。だが作法は違えど「おいしそうに」食べることはどの作法でもできるはずだ。紫のお米や、真っ青なお肉が全く持って食欲をそそられないのと同じように、あなたのその態度が、一挙手一投足が、周りのクオリティーオブミールをガタガタに貶めている。

家では好きにしてもいい。勝手にしてくれと思う。食べなくても、食べても、おいしそうでも、まずそうでも、全く構わない。しかし今ここは、公共の場である。確かに、チェーン店で何を言うかと言われればそれまでだ。安い飯を食っているんだから態度のドレスコードをどうこう言える空間ではないのかもしれない。だが違う。それは詭弁だ。本当に美味しくなさそうに飯を食べるそこのあなた。電車の中で大股開きながら寝ている人が隣にいたら嫌だろう。怪訝な顔をするだろう。それだと筋が通らない。あなたの飯の食べ方は満員電車の中で座席を全部使って睡眠を決め込んでいるくらいの常識の無さなのだ。人のあらゆる態度に文句を言うことはできない。その態度を許容してほしいならあなたは他人のあらゆる態度を許容しなければいけないし、それが嫌なら即刻その態度を変えるべきである。

 

こんなこと、口が八つ裂きになっても本人には言えない。知り合いだったらなおさらである。どんなに素敵な人でも、どんなにかしこい人でも、食べ方がだらしないと心底がっかりしてしまう。寄せ箸とか、迷い箸とか、ある種高尚なマナー違反は僕だって犯している可能性があるが、まずそうに食べやしない。イナゴの佃煮だって、おいしそうに食べる。自分のためにも、何より同席している誰かのためにも。

怒りの嘆願であった。