徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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ロイヤルホストとおっぱい

僕たちはそれのおかげで育ち、それが無いと言って泣きじゃくり、それを求めておしゃぶりを口にした。現代の人間がスマホを片手にし続けるように、子供の頃はそれを口にしながら生きてきた。

考えてもみてほしい。人間は哺乳類である。乳を、哺む。ちちを、はぐくむ。そう、生まれながらにしておっぱいを求める宿命を負っているのだ。ネズミも、猿も、クジラも、コウモリでさえ。哺乳類の進化の最先端にいるから、人間は知恵を授かった。感情を抑えることを知り、恥を覚えた。そして徐々に徐々に自分たちがおっぱいを求めていることを隠し始めたのだった。ほら、電車に乗る人々を見てみるがいい。談笑、スマホ、本、音楽。誰1人として昔おっぱいを求めていた過去を滲み出しているものはいない。あれほどまでに恋しく思っていたのに、何食わぬ顔でしれっと日々を過ごしている。人間の美しさが現れていると言っていいだろう。上品だ。限りなく。

しかし、そうした日常の中でふいにおっぱいに遭遇した時、僕らはひどく狼狽する。あるものは笑い、あるものは目を背ける。平常心を保てなくなる。スマホを見て心を乱すものがあろうか。いや、ない。皆平常心でスマホを撫でる。でもおっぱいは違う。撫でようもんなら鉄拳が飛ぶ。公僕にしょっぴかれる。反省を強いられてしまう。やはりおっぱいはDNAへの刻印がされたひどく特別な存在であり、求めすぎるがあまり隠し、暴くものを責める。全人類のトラウマの権化となってしまっているようだ。

そんなおっぱいが、今日、ロイヤルホストの天井にぶら下がっていた。照明だ。ふっくらとした半球と、その突端の黒い雫のような形のオーナメント。乳白色の灯りが灯ったそれは、おっぱい以外の何物でもなかった。上品そうなマダムや商談をしていそうなビジネスマンの頭上に燦然と鎮座したおっぱいたちが、ロイホの天井から、僕たちを見守っていた。

そう、まるで母のように。