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徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

たとえマナーが云々と言われても、別に電車の中で化粧を咎めはしない

本日、日中、電車に乗っていた僕は、斜向かいのアラサーと思われるお姉さまに釘付けになっていた。彼女は化粧をしていた。

世の中一般において、電車での化粧については物議を醸しがちな話題である。家でするものだ。はしたない。行儀が悪い。男性が電車の中で髭をそっていたら嫌だろう。まっとうな避難が轟々と押し寄せている。言うとおりで、まったくもって美しい行為ではない。僕も電車の中で髪の毛にワックスをつけたりはしない。髭も剃らない。歯磨きもしない。これらと同列の行為を女性がしていると思うと、なかなかに厳しい現実である。でも、僕は嫌いではない。電車の中で化粧をしてくれたところで一向に構わない。

今日出会った名も無き彼女の化粧をじっと見るでもなく、景色を見るふりして眺めていた。彼女は一心不乱であった。人の一生懸命な姿を見ると心がくすぐられる。「はじめてのおつかい」を観ては、頑張れと応援する気持ち。それがたとえ女性が化粧に懸命になっていたとて、対象物が変わるだけで構図は変わらない。頑張れ…!叫び出したくなる。女性は白を塗っていた。薄い小麦色の肌に、製粉されたあとの小麦粉色(つまり

白)の粉をまぶしていく。何層にも重ねられ、白さに拍車がかかっていく。不意に実家を思い出していた。深々と積もる雪、どこまでも白い世界。肌の只中にいたらきっと美しい景色が広がっているのだろう。

あらかた白くなってきた肌。僕の興味は眉にあった。早く書いてほしい。早く描いてほしい。緩やかな稜線を。今は産毛ほどの毛しかない場所に、象ってほしい。今か今かとその瞬間を待つ。彼女が膝においたポーチから鉛筆上の何かを取り出す。来た!眉だ!彼女はこなれた手つきでデッサンするか如く目の上に緩やかなカーブを描いた。北斎がみたらどう言うだろう。あっぱれ!なんて言うだろうか。眉額三十六景なんて描いてくれるだろうか。

元からバッチリ決まっていた目と、真っ白に塗られた肌、眉が加わり、彼女の顔は急速に輪郭を捉えだした。ピントが合ってきていた。

電車が停まる。彼女が社内のサイネージを見て、慌ててポーチを片付け、カバンにしまったと思えばすごい速さでマスクを付けて外に出ていった。

そいつの顔面の下半分はノーガードだ!叫び出したい気分だった。

でもとっても楽しい時間を過ごさせてくれた。だから声を中くらいにして言う。化粧してくださって結構です。