徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

親父の携帯電話の思い出

特別お題「おもいでのケータイ」

僕の実家は自営業を営んでいる。社員2人。兄弟で社長と専務を務める零細企業。弟の専務が僕の親父に当たる。

仕事の都合からであろう、黎明期から父は携帯電話を持っていた。当時の携帯電話なんて本当に読んで字のごとく、携帯する電話でしかない。記憶にある親父の最古の携帯は、手のひらくらいの大きさで真っ黒なボディの大半がボタン。その上に修正テープの幅くらいの液晶画面が申し訳程度に付いていた。

それを数年使っていたように思う。不意に親父が携帯を変えた。買い換えた時、親父は興奮気味に家に帰ってきた。

「新しい携帯電話は玉子くらいの大きさなんだわ!ちっちゃいんだわ!」

見てみると確かに小さかった。それもそのはず、折りたたみ式になっていたのである。ボディは銀色。携帯を開いたら上半分が液晶画面になっていた。広大だったボタンゾーンも小さくなり、途端に近未来的なデザインへと変貌を遂げた。

この、僕の記憶の中にある二代目の父の携帯が、おもいでのケータイとなる。

二代目の携帯電話はただの電話ではなくなっていた。メールも打てたし、なによりも、ゲームができた。

モグラ叩きゲームだった。画面には12個の穴が並んでいる。1から9に*と0と#を足した12のボタンがそれぞれの穴に対応しており、モグラがランダムに出てきたところをボタンを押して叩いていく。非常に初歩的なゲームである。当時小学生の僕はこれに真剣に取り組んだ。親父の隙をみてはモグラ叩きに勤しんだ。

モグラ叩きは難易度が4つ選択できた。easy、normal、hard、blizzard。簡単、普通、難しい、暴風雪。度合いの単語が続いたと思ったら、突然の暴風雪。どういうことか。

easy、normal、hardまでは、非常に緩やかに難易度が上がっていく。hardなんかは、集中してプレイすればなんとかパーフェクトを取れるくらいの難易度で、完璧と言っていいゲームバランスを誇っていたように思う。

しかしblizzardは違った。段違いとはこういうことを言うんだなと、子供ながらに世の厳しさを学んだ。

12個の穴から、モグラが山中慎介のジャブの如き速さで飛び出しては引っ込む。それも一つの穴からではない。同時に4箇所はザラである。目にも留まらぬ数とスピードの暴力。さながら最大瞬間風速30メートルの暴風に乗った雪の礫。そう、暴風雪。blizzardである。

僕は躍起になって攻略にかかったが、全くもって反射神経が追いつかなかったというか、反射神経がどうとかいう問題のゲームではなかったので攻略できなかった。一匹でも当てずっぽうで叩ければラッキーだった。親父の手を借りても、ボタンの面が何しろ小さかったので、指が混雑して太刀打ちならず。

四苦八苦しているうちに時が経ち、僕も趣向が複雑になり、モグラ叩きでは満足できなくなった。そして静かに、親父は新しい携帯電話に乗り換え、もうゲームができなくなった。

あの気の抜けた顔のモグラをまた見たくなることがたまにある。技術が伴っていなかった頃の携帯ゲーム。娯楽が多角化し切っていなかった頃に絞り出して遊んだ経験。今はセピアになり、美しい記憶となっている。

まぁ、たかがモグラ叩きなんだけど。

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