徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

MENU

語尾でニュアンスが変わるのが辛い

今日は楽しかったよー(絵文字)久々にこんなに笑った!(絵文字)また是非飲みましょー!(絵文字)

誰もが送ったことがあるだろうし、誰もが受け取ったことがあるであろう、こんなメール、ライン、メッセージ。上っ面だけ仲良くされてる感が否めない。

もしも、例えば、である。

今日は楽しかったです。久しぶりにこんなに楽しい気分になりました。また是非お誘いいください。こころよりお待ちしております。

これだとどうだろう。どことなく距離を感じる。目上に立ってしまった感じがある。気を使われている。仲良くは無さそうだ。

平成も29年。絵文字、顔文字、スタンプの開発によって、僕らの文章読み取り機能は著しく変化した。それが退化なのか進化なのかはわからない。だが、文面のみで楽しさや嬉しさ、面白さを表現するのが実に難しくなった。

ボキャブラリーの問題だろうか。

本日は桃源郷かはたまた天竺かと錯覚をしてしまうほどに愉快極まりない時を共に過ごすことができて、私、すこぶる嬉しく思っております。再び本日のような宴会を開催できること、ろくろ首も首をすくめるほど首を長くして待ち焦がれております。是非ともお誘いくださいませ。

なんだ、少しだけ感情が見えて来たのではなかろうか。だが、どうしてもくどい。うるさい。生チョコにチョコレートチップトッピングをしてチョコレートソースをかけてるみたいな修飾と形容。既読無視筆頭の文面だ。

スタンプを使わず絵文字も使わない文章にて、どのような感情を表すか。行き着く先が、語尾となる。

〜だわな。とか、〜だよねぇ。とか。日常会話で使ってそうで使ってないけど違和感はそんなにない言葉を語尾に持ってくることにより、感情をうまいこと表出させる。ちっちゃい「ぁ」とか、「ぇ」を駆使して、柔らかさを見せる。

なんとなく語尾で遊ぶのが折衷点になりそうである。がしかし、この語尾遊び、後から見直すとめっちゃ気持ち悪い。ゾワゾワする。ゴビゴビする。

やはり、ボキャブラリーでぶん殴るしか無さそうである。不器用な僕らが生きる道。