徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

居酒屋のマスターたちの人生

学生の頃、行きつけの定食屋を増やし続けていた。おじちゃんやおばちゃんとコミュニケーションを取るのが好きらしい。老舗っぽい出で立ちの定食屋・中華料理屋で、ランチが安いととりあえず入ってみていた。社会に出てもその傾向は続いていたが、最近になって定食屋から居酒屋ないしは飲み屋に趣向がシフトしていっている。

何しろランチはなかなか現実的ではない。週に5日以上は少なくともお弁当な訳で、見知らぬおじちゃんおばちゃんとお話ができるチャンスはない。そうなるとどうしても居酒屋のマスターやママさんになってしまう。

フラフラ入った店が、たまにホームランだったりするから面白い。今日もそうだった。

インド料理屋なんだけど、ジャズの生演奏が付いていた。これが中途半端な腕の演奏じゃなく、その上チャージも特に取らない(投げ銭のみ)。お通しもない。エコである。はたとあったお姉さまと、マスターも交えてプカプカ喋ってきた。

居酒屋のマスターという職業。ここに行き着くまでの経緯がやはり面白い。何人かに話を聞いてきたが、みんながみんな面白い。「向こう見ずに社会に突っ込んでいったけど失敗して、苦労して成り上がったけどやっぱり鼻っ柱折られて、少しまたお金を貯めて立ち上がって10年目のお店です。」って簡単そうにみなさん仰る。さぞ楽しそうにアメリカの道端で飢えて死にかけたところを風俗嬢にパンを恵んでもらって生き延びたとか、ゲイに誘われてクラブを抜け出したおかげで殺人事件を免れたとかってエピソードが出てくる。みんなどうかしていると思う。本当に。

人生山あり谷ありで落ち着いた人独特の余裕みたいなものを、彼らから感じる。どうなっても生きていけるし、なんとかなるんだって、なんとかしたことがある人しか分からない世界がそこにはある。何しろ、僕は引き出しが少ない。異国の路上で飢えて死にそうになったことがない。母国でもない。

数年前、僕は今こんな職業で働いているとは想像していなかったが、大きなレールの上での想像の範囲外という、なんともちっぽけな想像外であった。一歩一歩階段を上がるような人生を生きている。その隣で、猛烈なスピードでエスカレーターに乗って乱高下している人もいるようだ。なんとなく、羨ましくも思う。波乱でも万丈であれば幸せである。壊れなければ全て実となり付いてくる。

こんなことを書いていると、伯父のことを思い出す。彼も居酒屋のマスターたちと近い人生観を持っているはずだ。めちゃくちゃして見たかったなぁと思いながら、伯父の子供じゃなく、僕は父の子供で、父はなかなかの堅実マンだったことに突き当たる。やっぱり蛙の子は蛙だ。おたまじゃくしとはいえ、いずれは蛙だ。

中学の頃、父に白洲次郎のような人間になってほしいと言われた。なんとなく、今なら父の真意がわかるような気がした。