寝ようと思ったんだけれど公開されてしまっているものは見なければならず、見たところどうしても眠れるような状況じゃなくなったため、シャワー浴びるの明日にしようかなとか、食器洗うの明日でいいやとか、そういうの全部済ませてから机に向かっている午前一時。血行が良くなって発疹が少し痒い。
ミニアルバム「GiANT KiLLERS」よりのMVカット。
丁度一年ほど前、アユニ・DがBiSHに加わった直後のZEPP tokyo公演。その舞台裏からMVは始まる。アユニ加入後から幕張までのBiSHの断片が詰まっている映像だ。
正直、この映像に収録されていることをどうこう言えるほど僕はBiSHのことを知ってはいないだろうし、見てもいないと思う。ライブにも行っていないし雑誌を買ったわけでもない。曲聴いているくらいしかしていない。だから、書けることも多くない。感じることも多くはないはずなんだけれど、いやに揺さぶられる。
映像どうこう以前に、まず楽曲だろう。
松隈ケンタという方が作って編集する楽曲は本当にエモったらしい。どうしようもなく。既視感というか既聴感を抱くが、それが心地よい。耳馴染みなんてものは所詮これまで聴いてきた楽曲に大きく左右されてくるわけで、20代半ば、J-POPやJ-ROCKと共に生きてきた人間にドンピシャな曲をうまく作られてしまっている。乗せられてしまっている。それも心地よい。メロコアとかエモとか言われるジャンルにピアノを乗っけると漏れなく素敵なロックバラードができる法則に忠実である。また、歌詞はモモコグミカンパニーが書いている。彼女は彼女で恥ずかしくない歌詞を書く。BiSHの所属する事務所であるWACK界隈ではメンバー達が歌詞を書くことが多いらしい。BiSHでもメンバー達各々が歌詞を書いている曲が発表されている。が、中でもモモカンの歌詞の恥ずかしくなさは素晴らしい。主張を言葉に込めながら絶妙に本心をオブラートに包んでいる。書き慣れていないと生皮むき出しみたいな歌詞になって聴く方も恥ずかしくなるのだが、それがない。
孤独が運命なんて言葉虚しいな
そう思わない?
にしろ、
飛べない鳥と立てない僕が
悪口ばっかしょうがないしょうもない
はい あきらめない
にしろ、結構なパワーフレーズである。「孤独が運命…」のフレーズは多分放っておいたらBUMP OF CHICKENの延長線上に生まれてきているようなバンドたちが歌う気もするけど、「飛べない鳥」と「立てない僕」を並べて、「しょうがない」って言った直後に「しょうもない」と切り返して中指立てるのはモモカンしかできなかったんじゃなかろうか。「地上の星」と「現場叩き上げのサラリーマン」を並べた中島みゆきと同じくらいすごい。どうやらモモカンと中島みゆきを並べたがる気があるらしい。まあいい。
映像は先述の通り。言わずもがな。
オフショットとライブ映像を織り交ぜたファン垂涎の内容。BiSHとしての努力のお話が紡がれている。
努力である。
BiSHまじで頑張ってるな応援しようって気持ちもそうだけど、自分自身がこれまでどれだけ頑張ってきて、今どれだけ頑張っていて、頑張っていなくて、これから何をどれだけ頑張っていくかをぼんやり考えさせられる。6人で何千人と集める商品がBiSHだ。言い方はあれだけれども。しかし、商品としての魅力を磨き続けるのはとてつもないレッシャーがかかる。晒される恐怖もあるだろう。何万人に好かれて何百人に嫌われるストレスなんて全くもって推し量れない。でも努力して立ち向かっていくわけだ。翻って自分は果たしてどうか。頑張ってんのか。深夜の自問自答は苦しいだけなのでやめる。
気持ちと言葉が纏まらなくなってきた。雑にまとめると、可愛い女子達が汗水垂らして涙流してのし上がっていくサクセスストーリーの5合目までをプレイバックしているような映像なんで、どうあれ見て全く損はないと思うという話でした。
以上。