徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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完成がわからない

最近夜なべしている。自己顕示欲と日ごろ溜まった心の垢を吐き出すべく曲をせっせか作っている。今日時間が取れたので没頭した結果、ある程度形になった。

完成かなーと思った。でもいくらでもアラは見つかる。潰せど潰せど違うところが目立ってきてしまう。目指すところが曖昧で、どこまでどうしたら完成なのかがわからないのである。

これはガウディとは決定的に違う未完成だ。ガウディの未完成には完成がある。ガウディが指し示した完成図が存在する。僕の曲は違う。僕は完成図を知らない。僕が完成図を探すために完成に向かって曲を仕上げている。全くもって哲学。

勝負はマスタリングだ。それはよくわかっている。音圧を上げて、音のバランスを整える。聴きやすくなればいいのだが、聴きやすいってなんだろうかと自問。モタモタした部分がなくなったら聴きやすいかなと仮説を立てて低音域カットしても、今度はかしゃかしゃ鳴ってうるさい。間をとっても、どうも悪いところ同士が目立ってしまう。

必勝パターンを作れたらどれだけ楽だろうかといろいろ試すのだが、膨大な数のプラグインを組み合わせるのが手間で手間で仕方ない。対照実験するのも苦しいレベルの音色量。そして、諦める。

0を1にするより1を磨くことの難しさを突きつけられている。アイディアマンがいても、アイディア実行マンがいなければダメなのだ。しかし作曲は孤独で、全てを兼任せねばならない。誰に褒められるでも認められるでもない作業。自己満足自己完結の作業に時間を潰しまくる。不毛だ。しかし気持ちいい。そして苦しい。

行き当たりばったりじゃなく、方法論を一度学んだほうがいいのだろう。ネット叩けば埃ほど出てくるはずだ。

眠気を引きずり、再び完成の無い荒野に向かう。

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