徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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お金という動機の弱さ

給料が低いとゴネている人がよくある。話をしてみると、大概やってる仕事に対しての不満が大きく、「こんなにしんどい思いをしているんだから金をくれ」的な論理であることが多い。時給百万くらいを口の中に突っ込めば黙るのかもしれないが、一般企業にそんな芸当は難しく、10円時給上がった下がったで一喜一憂をする。

さも貰える金額に不満があるように見えて、本当に抱いているのはやってる仕事に対する不満。その代償として、価値がわかりやすい日銀券を引き合いに出しているだけ。根本的な解決を考えると、仕事の不満を緩和してやることが第一となる。それが人間関係なのか、仕事内容なのか、量なのか、はたまた業務時間なのか。

すると極端な話、自分のやりたいこと、したいことができていればお金なんていらない。

幸い、最近会社で沢山のプロジェクトに関わっている。通常業務という自分の評価に繋がる業務もそこそこ、周辺分野にこれでもかと顔を出している。ぶっちゃけ、会社の決めた労働時間の中で仕事が終わるはずもなく、いわゆるグレーゾーンの労働をガシガシしているわけだがこれが全くもって苦痛じゃない。

自分から忙し沼に突っ込んでも苦じゃないのはひとえに自分のしたいことをできているからで、たとえお金がもらえなくとも気にならない。問題はそこじゃない。どんな仕事をしているかだ。

通常業務はなかなかどうして退屈で、そこではみ出た時間には絶対に残業つけてやる気満々である。もれなくつけてやる。一方したいこと業務はちがう。大企業の看板を背にしたからこそできる、自分のやりたいこと。逆にやりたいことやらせてもらって感謝したいほどである。

すげーコスパ悪い仕事の仕方だけど、そもそものコスパがお金基準である。一時期流行ったEQのような、お金じゃ測れないやりがい生きがいも確かに存在し、それはお金よりずっと動機付けが強い。

一眠りしたらまたやっていく。

ガシガシやっていく。

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