徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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心の欲する所に従って矩を踰えず

最近好きなことして生きていく的な記事をよく目にする。日銀券よりも自分がやりたいことをする方が尊いと、自分がやりたいことをやり続けて認められてきた人たちがケーススタディとして教えてくれている。その価値観はよくわかる。ここのところサラリーマンしながらでも同じような感覚を覚える。

大学生の頃好きだった授業に「日本の伝統と文化」がある。あれを面白がれない人間とは友達にはなれないなとすら思うほどまでに興味深い授業であった。「日本の伝統の文化」。江戸時代の思想を追いながら、思想の源流にある中国の古典にも触れるような、そんな授業。論語をきちんと知ったのはその授業だった。

三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲不踰矩

有名なフレーズだ。心を欲する所に従って矩を踰えず。

やりたいようにやってもそれが真っ当な行動となる。矩を踰えないようになる。それが七十。

やりたいように生きればいいじゃん。ここで止まる話は羨ましいようで浅はかなのかもしれない。やりたいことを仕事にするのはある種向こう見ずの覚悟があれば誰にでもできる。メガベンチャーの社長のような平たい成功者が語る「好きに生きろ」という話に僕らは希望を覚えるけれど、それはお金儲けができたら社会に認められるような節がどうしてもあるからだ。共通言語であるお金は便利だが、便利すぎて、強大すぎて、本質を見えなくさせる。実は「好きに迷惑を掛けずに生きる」とか、「好きに動いたら真っ当な生き方になるように生きる」方が重要なんじゃないか。孔子ほどの人が七十歳になってやっと体現した境地だから、到達するのはほとほと難しいに違いはない。だからこそ尊い。

仕事にする。か、矩を踰えず。か。

ひとまずは楽しい仕事を探して選んでパス出してもらう所かなと思う。誰かの矩を踰えていくだろうけど、身を立ててもいない若輩である。許されたし。

 

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