徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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梅雨空の下の家路、鍵を無くす。

1日で最も脆い時間帯はいつだろうか。寝起きか、寝入り際か。違う。それは帰宅途中だ。家路。1日の疲れを背負い、安らぎが待つ自宅を目の前にする道すがら、人は最も脆くなる。トイレを目の前にした時に便意が最高潮を迎えるように、家を目の前にした時こそ疲れは最高潮を迎える。


梅雨空が暫くは続くらしい東京の空の下。僕はいつも通りに15分間の家路をテクテク歩いていた。顔見知りになった総菜屋さんでビッグチキンカツを買い、今日は涼しいねぇなんて愛想をブンブン振りまきながら。それでもやはり身体は疲れている。飲み会が続くのもあるし、繁忙期に楽しいばかりではない仕事をしているのもある。早く帰ろ。帰って風呂入ってチキンカツ食べよ。家まであと5分を切ったあたりでポッケに手を伸ばす。いつも家の鍵は左の前ポッケに入れている。ポッケに手を忍ばせた段階で鍵の存在にはすぐ気付くはずなのに、今日はそれがなかった。デコもボコもないぺったんこのポッケ。地震が起こった直後の潮のごとく、血の気が引いていく。慌てて全部のポッケを弄る。ない。ない。カバンを弄る。カバンなんかに入れた覚えはない。が、探さずにはいられない。足だけは家に向かっている。鍵のない、他人の家同然の我が家に。何しろ鍵はずっとポッケに入れているのだ。ポッケから落ちることなんてないはずだ。しかも酔っ払っていない。自分の意識の下にあって、なぜ鍵を落とすのか。ありえない。焦りが頭をかき乱し、乱れた考えは独り言となって口をつく。ないはずない…ないはずはない…家がいよいよ近づく。軒下まで来た。いよいよ鍵がない。雨から逃れ、ポッケとカバンを全部ひっくり返す。やっぱりない。どうしても、ない。携帯を手にとって、近隣に住む友人に声をかける。が、すぐには返事がない。はて…はて、どうしたものか。家以外の選択肢が浮かぶ。漫画喫茶、ネットカフェ。しかし、梅雨空だ。シャワーは浴びたい。やっぱり友人の家か。どっちにしろお金が必要だなと、近所の銀行に向かう。ATMは24時までやっているのが都会のいいところだ。取り急ぎ貰ったばかりのボーナスを引き出して、財布にチャージする。一応、どんな選択肢でも対応できる体制は整えた。さらに潰しがきくようにもう一度駅まで向かう。友人宅にしろ、ネットカフェにしろ、駅前に行かなきゃどうしようもない。さっき歩いた道を逆さまに歩く。総菜屋さんはこの少しの間に店じまいをしていた。悲しみを吐き出せると思ったのに見当が外れた。

雨の中を歩く。さっきの道と同じ道でも、全く違う道だ。トボトボと歩く。トボトボ、トボトボ。同じリズムを刻む徒歩。考えが捗る。絶望ってよく言うけど、あれは希望があるからこそ絶望だ。女の子と付き合えると思って声をかけるまでは希望に溢れ、断られて希望が絶たれる。それが絶望。今僕は日常を奪われている。自らの管理不行き届きにて、当たり前が失われている。多分これは絶望とは言わないんだろう。非日常に襲われた時、僕らはどう言葉で表せばいいんだろう。ぐるぐる考えながら歩いていると、悲しいかな、血行が良くなってくる。血行は考えを前向きにさせる。非日常の真っ只中にいる現在。非日常に襲われたのなら、がっつり非日常に浸ってやればいいじゃん。どうせ鍵の作り直しで何万とかかるんなら今日の出費とか誤差の範囲じゃん。


次の瞬間、アパホテルにいた。

今空いてる部屋に泊めてください。一生に一度言うかわからないセリフを吐いて潜り込んだアパホテル。スマイルホテルしか知らない人間からすると十分な高級ホテルである。朝ごはん付きで10000円。充電器を買ったり、晩飯をめっちゃ買い込んだり、総計恐らく15000円くらいのワンナイト。ネジ外して突っ込んだ。

転んでみなきゃ痛いのもわからない。だったら泊まってみなきゃわからないこともあろう。鍵をなくさないと蒲田のホテルなんて泊まることはないし、観光旅行では朝食ホテルビュッフェを食べない。緊急避難的に泊まる今だからこそ感じられることがあるに違いない。どうせ転ぶなら、タダで起きてたまるか。と、哀しみと疲れの果てのポジティブで今はなんとかやっているものの、じきにスーパー躁タイムも終わる。その時、充足感が残っているか、虚しさが残っているかは、これからの過ごし方にかかっている。

もう寝るしかないのだけれど。

明日のことは明日考えます。頼むからいい思い出になれ…!できれば鍵出てこい…!

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