徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

MENU

「フジ子・ヘミングの時間」を観てきました

横浜の黄金町にある小さな劇場ジャック&ベティにて、観て参りました。

fuzjko-movie.com

 

クラシックの道を志したでもなんでもないのだけれど、9年間ピアノを習った集大成としてラ・カンパネラを演奏した。その唯一無二の動機づけとなったのが、フジ子・ヘミングだった。

 

ktaroootnk.hatenablog.com

 

朝のジャック&ベティ。混雑の予感に駆られて上映2時間前にチケットを購入し、どこまで混むやらとのこのこ開演前に戻ったらとんでもない人だかりが発生していた。恐るべしである。平日の真っ昼間、老齢の方が多い中に混ざる二十代。定員およそ150名の小さな映画館がパッツパツになった。さて。幕が上がる。


80歳を過ぎたフジ子の今を追いかけながら、フジ子の話からその音楽性のルーツをたどる。フジ子・ヘミングに対して特別な思いを持たない人間からするとなんでもないドキュメンタリーなのだろうけれど、彼女の演奏に一度でも心を動かされた人間であれば、観て損はない。要所要所で出てくるフジ子幼少期の絵日記の内容が殊に精緻な描写で、ありありと当時を表していた。

まずフジ子の演奏の源流を知った。

フジ子のカンパネラだったりトロイメライだったり、多少譜面を無視してでも気持ちを前面に出した演奏。あれは母の厳しい指導で培ったテクニックの上に、クロイツァーなるピアニストの指導が乗っかった賜物であった。バッハでも気持ちを全面に込めろ。歌え。フジ子が弾く月の光を聴いたらよくわかる。気持ちで弾いている。それでも、聞こえて欲しい音は必ず聞こえる。上手さの上に万感の感情が込められているのがフジ子のピアノである。

そしてどこまでも素直で衒いのないフジ子だった。

ドキュメンタリーのカメラが回っていようといなかろうと、多分あの調子なのだろう。猫と戯れ、タバコをふかし、酒を飲み、アンティークを愛でる。死には悲しみ、友との交流に喜ぶ。いまだに恋をして、「私まだ16歳くらいの気持ちのままよ」って80過ぎの女性の言葉だろうか。毎日世界を飛び回るような生活に疲れが滲んだ場面もあったが、なんだかんだハリが出ているのだろう。肌つやだとか声色は16歳とは言わないまでも若々しい。

60代の終わり、テレビに出るまでの人生はあまり知られることのないところだが、ピアノの先生をしながら年に一度リサイタルを開いていたのだという。貧しかったと言っていた。けれど、当時の写真や語口からはとてもそうは感じられなかった。財力だけじゃない豊かさがあった。フジ子の弟である大月ウルフも出演していたのだが、彼の話の中でフジ子は小さな頃よくいじめられていたとあった。時は昭和20年代である。ハーフへの風当たりは強かったようだ。でもフジ子は至極けろっとして当時を語った。あらゆる感情が心の肥やしになったかのような懐の深さを感じた。

カンパネラについての話の中では、「この曲は全てを捧げなきゃ弾けない曲だ」と語っていた。

他のカンパネラを聴いてもらえればわかる。私のカンパネラは誰のものとも違う。

仰せの通りだと思う。誰のものとも違う。多くのカンパネラが鐘の音を表しているとすると、フジ子のカンパネラは誰かの心象風景にある鐘の音だ。機械的な音じゃなく、記憶の脚色が入った鐘の音。フジ子は自分の歴史と感情を演奏に込める。タッチミスがあっても厭わない。記憶が属人的なものであるように、演奏も譜面の正しさを追い回すことはない。まぁテクニックがあるからそこまで酔えるのだけれども。

 

ショパンの雨だれを書いた記事の中で、クラシック音楽全般についても触れたことがある。

 

ktaroootnk.hatenablog.com

 

言葉がないからこそ解釈の自由が生まれ、音から感じるとるものも一人一人違ってくる。

誰が弾くよりも叙情的に歌うフジ子のピアノ。彼女が込める気持ちの深さや幅の広さが、すなわちそのまま彼女の心だろう。父の失踪、厳しい母、人や動物への愛情。八十余年の人生のなかで、数々のものに起因して醸成された心。それが、テクニックだけでは震えない部分を震わせるのだと思う。

 

なーんて、色々考えてしまうともはやそれは芸術じゃないんじゃないかとも思う。歴史背景やピアニストの生い立ちが確かに水面下にはあるのだけれど、洋上に出ているのは演奏だ。その部分を素直に受け取る。それこそが芸術の愉しみ方じゃないか。フジ子がピアノにまっすぐ感情を乗せるように、僕らもまっすぐそれを受け取る。それでいい。それこそがいい。



そもそもフジ子が好きなこともあって夢中になって観てしまった。掛け値なく良かった。忙しい最中、いい潤いとなりました。感謝。

スポンサーリンク