徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

浴衣と死

もしかしたら亡くなってしまうかもしれない人が身近にいたことを知った。体調不良で会社を休んだと思ったら、あれよあれよと転院し、今はがんセンターにいるらしい。手術ができるか、抗がん剤が効くか、その辺りのことはよくわからないが、話の雰囲気からして相当良くはないようだった。生命の危機であることは間違いないらしい。

2人に1人だか3人に1人ががんになる世の中。語弊を恐れずに言えば、よくある話になるのかもしれない。交通事故にあったり、エゾシカに衝突したりするより余程高い確率で僕らはがんになり、そのせいで命を落とす。どうせみんな最期は骨になるとはわかっていても、きちんと向き合うと感情がクラクラ揺さぶられる。

とはいえ、他人の話はどこまでも他人の話で、帰りの電車の中では浴衣姿を見て可愛いなぁと思う。今の今まで死を感じ、雑炊みたいな心持ちになっていたのに、白々しくも牡丹が開いた浴衣一発で雑炊メンタルは澄んだスープになる。気の毒は解毒されました。

僕らの心持ちなんて大概そんなもので、多少の憐憫や悔恨は何とはなく解けていく。だから生きていけるし、だから死んでいく。塵芥のようでも、溜まればそれなりな存在になる。

なんでしょうね、浴衣の子はただ可愛かった。