徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

「カメラを止めるな!」〜誰もが秘めた狂気と本気の物語〜

話題作ですね。横浜は黄金町にあるジャックとベティで9月に上映していたのを見過ごし、チャンスを逃し続けた本日11月7日、川崎チネチッタにてようやく観てまいりました。

 

kametome.net

 

映画に疎い人間だが、面白い映画というのは、本線の物語が面白く、更にそれに込められたメッセージ性にも共感できる代物であることが多い。ヒット作はほとんど皆そうであろう。

本作はどちらも文句のないものだった。面白かった。

 

長回しと前日談

この映画は大きく二つのパートでできている。長回しのショートフィルムパートと、その前日談パート。映画の本線は、観客にショートフィルムを観せる中で抱かせた違和感を前日譚(ショートフィルムができるまでの物語)で丁寧に拾っていくというものだ。

不可解な間や謎の展開の裏話をなぞり、長回しの裏で起こっていたトラブルを面白おかしく観せる。ショートフィルム内の役者たちのキャラ立ちを上手く活かしながら、前日談の中で巧妙に伏線を回収する。「だからあの間があったのか!あの違和感の裏ではこんなめちゃくちゃが起こっていたのか!」観客はただただ面白く映画に引き込まれる。

生放送一発撮り、廃墟が舞台のパニック系ショートフィルムが題材ということもあり、人間がよく転ぶのだけれど、長回しの緊張感の中で人間が転ぶというだけでこうまで面白いとは思わなかった。

転倒という脳みそに直接訴えてくるタイプの面白さと、裏話や伏線回収の面白さに魅せられる。

 

狂気と本気の物語

しかし本当に熱いのはこっちだ。心が熱くなるのは、こっちなのだ。

主人公は「早い・安い・質はそこそこ」が売りと自分で言ってしまうような、大概調子のいい映画監督。仕事は選ばずなんでも飛びつき、番組プロデューサーの意向に限りなく沿う。俳優も大事。女優も大事。事務所も大事。極限までエゴを削いで仕事を取ってくる。生活のためにはうだつをあげない。

でも、でもね、映画監督をやるような人がまともな人であるわけがない。撮りたいから、伝えたいから、映画監督をやっているのであって、人様にへいへい言いながら都合のいい作品を撮り続けていたらそりゃ面白くもないのは当然だろう。溢れ出る演者たちへの要求やプロデューサーたちへの不満に栓をして、なんでもない顔をしている。

 

主人公の妻は元女優。「演じると我を忘れて大変なことになる」と、数々の現場から追放された結果、惜しむらくも引退してしまった。でも、この人も夫と同じだ。溢れ出る表現欲求の首を人様に刈り取られ、とりあえずまともな人のふりをしているけど、それは化けの皮を被った表現欲求お化けでしかない。日々日々夫が携わっている台本を読んでいるのも、そんな思いがあってから。

 

主人公の娘は映画監督見習い。まだアシスタントである。映画への愛が溢れ出ていて、作中きているTシャツもほとんどが映画ジャケットのTシャツ。真面目に映画が好きだからアシスタントのくせして現場でゴリゴリ演技指導して首になる。狂気の秘めた父と母から出てきた映画モンスター。常に本気である。

 

物語の肝はこの3人のカタルシス。

作中の長回しショートフィルムに出るはずだった監督役とアシスタント役が道中の交通事故で来られなくなる。そこで代役となったのが、フィルムの本当の監督である主人公と、たまたま来ていた(主人公の娘がショートフィルムの主人公である青年のファンだったから娘と二人で着いてきてた)主人公の妻。

腰の激低い監督から演者になった主人公と、日頃表現欲求を堪えていた主人公の妻が舞台に上がる。これが本当に気持ちいい。

ショートフィルムの冒頭、主演二人に対して主人公がブチ切れる。これまでへいこらしていた主人公の狂気が滲み出る。妻もだんだんトランス状態に入ってくるのがわかって気持ちいい。表現欲求の首を刈り取られ続けた鬱憤を晴らすが如く、リアルに首を刈り取りまくる。

演者それぞれが結構めちゃくちゃをやって、生放送のショートフィルムが作品として成り立たなくなりかけるのだが、それを立て直すのが主人公の娘である。日頃現場では牙を抜かれ続けていたところ、ここぞとばかりに牙をむき出しにし全体を仕切る。

カンペ出せ!巻け!15ページの15行目に飛べ!早く!

まじで娘が優秀。

主人公一家が、場を荒らして、整えて、壊して、直して、絶妙なバランスでショートフィルムが完成していたのでした、ちゃんちゃん。

 

という、この、主人公一家の熱量。

毎日を過ごす中で、僕ら誰もが狂気と本気を抑え込んでいる。その部分を本作にくすぐられて、みんな「カメラを止めるな!」が好きなんだと、間違いないと、僕は思うわけです。

主観ではあるが、特に芸術になんらかの形で携わった人、携わっている人、憧れがある人、芸術を受け取るのが好きな人は、狂気の内包量が多い気がする。舞台の上で、ライブハウスで、カラオケで、譜面の上で、キャンパスの上で、粘土を使って、猛烈に何かを表す人。でも、普段はなんでもないような顔をして生きている。そういう人が、この映画にくすぐられてしまう。狂気を存分に発揮する主人公一家に、カタルシスを覚える。

そうじゃない人だって、本気でやりたいことを抑え込んでいる。

会社でテメーらナメてんじゃねーよって思いながらニコニコお茶を運んでいるお姉さんだっているだろう。いつかこいつの顎にフック食らわせて泡吹かせたいって思っているおじちゃんだっているはずだ。

それもこれも、全部主人公一家がショートフィルムで演じる中でカマしてくれている。

そして最後の最後、親娘思い出の肩車。

全部、全部が、気持ちいい。

 

本作はネタバレすると面白くないと言われているが、そんなことはない。ネタバレで面白く無くなるのは本線だけであり、込められたメッセージ性になんら変わりはない。ハリウッド映画のような、ありえない壮大な話ではなく、身に覚えのある悔しさや苦しさを存分に蹴散らしてくれる。本当にスッキリする映画だった。

 

一気に書けた。楽しかった証拠です。

最高でした。