東池袋52というのはクレディセゾンが自社社員で立ち上げた女性アイドルグループであり、雪セゾンは去年の今頃リリースされた彼女らの曲である。
色々事情があり、僕とも遠からず近からぬ縁がある東池袋52だが、デビューシングルの「わたしセゾン」しかちゃんと聞いていなかった。しかし、僕の周囲で沸騰間近のお湯のごとく、ふつふつと東池袋熱が高まっているのを受けて、聴いてみようと雪セゾンに手を出したのが最後、僕はここ2日ほど雪セゾンを狂ったように聴いている。一年遅れの雪を全身に浴びている。
作曲:多田慎也
誰かといえばポニーテールとシュシュを作ったすごい人である。
デビュー曲の「わたしセゾン」は優等生な楽曲だった。ピアノのイントロもそこそこ、頭からカノンコードのサビをカマして、AメロBメロと王道コードと呼ばれる正統派のコード進行で進んでいく。サビ前に5度のコードで引っ張りまくって「待っているよ Yeah Yeah Yeah」をファンたちに歌わせ、華々しくサビに戻る。
どこを切り取ったって文句もぐうの音も出ないほどの、お手本のようなアイドルソングだ。置きにいっている。そして僕らは置きにいったボールに群がる。
でも、あまりにもきちんとした曲すぎてグッと来なかったのも事実である。キャッチーだけど、王道すぎる。あいみょんの「マリーゴールド」を聴いた時の気持ちに近い。そういう曲を狙って作れる多田氏の実力には感服なのだが。
一方の「雪セゾン」
楽曲面 主にコード進行
わたしセゾンとは打って変わって、しばらく Dm7しか出てこない。あれだけカノンコードでブリブリ言わせていたアイドルたちが、ワンコードのみでワンバースを突っ走る。歌詞をリズムに乗っけて刻む、最近流行りの曲調。ジャッキジャキのカッティングでひたすらDm7を鳴らすギターも相まって疾走感を生んでいる。ドラムは四つ打ち。シンプルに踊らせにかかる。魂への訴えかけが強烈だ。
必要最低限の長さのAメロから、Bへ展開すると突然視野が開ける。
B♭M7→C→D
ここで、D。爽快感しかない。専門的な話はわからないのだけれど、マイナーで展開していたルートの音を不意にメジャーに乗せると道が拓けたような感じを覚える。歌詞も、Aメロでリズミカルな言葉の刻み方をしていたのに、「なんて」の一言を繰り返すだけ。緊張と緩和、飴と鞭。グッと惹きつけられる。
メロを二回繰り返したのに、本楽曲はまだサビに行かない。
Cメロはメロディアスそのもの。
B♭M7から始まる王道コードの展開を二度繰り返す。Fに落ち着かずにDm7に落とし、どことなく憂いを帯びた曲調にしている。しかも、ここの部分だけ、ドラムは四つ打ちではなくなる。エイトビート。それによってさらにメロディアスでドラマチックな印象をつけている。
事件が起こる。転調だ。
「あの頃はただ 二人でいるだけで」
と同じ歌詞を二回繰り返しているのに、転調することで印象が全く変わったものになる。
考えてみれば、BメロでDに登っていったのはこの転調の布石だったのだろう。メロディがD音から始まることをいいように使い、Dのコードに乗せる。
Em7→F#m7→G→G#mdim7→A→F#7
この階段を登っていく。ドラムも四つ打ちに戻っている。先般にDをチラ見せしてからのDにやっぱり燃えるし、BUMP OF CHICKENの「天体観測」に熱を上げた僕ら世代の音楽好きはDコードの二度のマイナーから始まるこの展開が大好きである。天体観測も四つ打ちでしたね。さらに途中のディミニッシュコードがグッとくる。大好き。そしてサビ前はお約束の三度のメジャーセブンス。F#7。キメッキメ。完璧です。
サビ。
サビに関してはただ一点。
GM7→A→F#m7♭5→B
この進行である。
サビの一発目にこれがくる。特にF#m7♭5→Bこの部分。泣かせにかかる。日本人の琴線に触れやすいコードなのだろう。F#m7♭5は本当にメロディアス。しかもBもセットでついてくることが多いから、よりメロい。これが普通のF#mとかだと全然味気ない印象になるけど、F#m7♭5の5度半音下げの効果がまじでデカい。
サビがつつがなく終了したところで、二番、そしてブレイクに入る。
またもやDm7に戻り、カッティング。二人で行きましょう。行きます。
そして今度はEm7に上がる。やはりDコードがちらつく。旅に行きましょう。行かせてください。
そして、落ちサビからの、ラストサビ、最後はDmに戻って曲が終わっていく。
コード進行だけでこの肉厚である。曲の骨組みがしっかりメロメロしているから、どんな上物を載せてもメロディアスな曲になっている。しかしやっぱり四つ打ちってすごいな、グッとくる。
歌詞面
作詞:仲畑貴志
著名なコピーライターである。西武・セゾングループの作品が多いらしい。堤イズム。
サビだけ聞き流していたら何でもない失恋の歌だ。雪が私の涙の上にもあなたの夢の上にも降る。全てを覆い隠してしまえ!多分そんな話だ。
しかし、この歌のミソはAメロにある。
そもそもクレディセゾンのアイドルグループ。旅・買い物。いちばんカードを使うであろう場面を一番と二番のAメロで取り上げまくっている。
ふたりで行きましょう
旅に行きましょう パリもいいけどローマもいいけど
このたびは 熱海なんてどうかしら?
多分こういうことだろう。
歌詞も遊び心が満載で、
「ふたり」、「旅」、「パリ」、「このたび」、「熱海」でバチバチに韻を踏んでいる。多分これ相当作っているとき楽しかったと思う。ノリノリで歌詞を書いている痕跡がよく見てとれる。パリとローマを引き合いに出しながら、熱海とか突拍子もない地名で韻踏むあたり、楽しさで滲んでいる。
ふたりでお買い物
ペアで買いましょう青もいいけどピンクもいいけど
今回はベージュなんていかがです?
二番に関してはよくわからない。もっと韻踏めばよかったのにとも思う。セゾングループとベージュの関係も判然としない。しかし、韻とか全部をかなぐり捨ててでも買い物をしましょうと迫り来るセゾンの気迫に圧倒される。ぜひともペアで買いましょう。
つまるところが、失恋ソングの皮を被ったセゾン激推しソングが、「雪セゾン」だ。
総じて
日本的なアイドルは必ず楽曲とセットで語られる。楽曲を持たないアイドルは、モデルとか、グラビアとか別枠で語られ、「アイドル」は必ず傍に曲がある。アイドルが曲を育てる場合もあれば、曲がアイドルを育てる場合もある。このセゾンのプロジェクトは、確実に曲がアイドルを育てている。ひいては曲が企業まで育てようとしている。
えらい構造だなぁと思う。
しかし、いい曲だなぁと、改めて思う。年の瀬だし、今はそれだけでいいや。
遅すぎた雪セゾン考察でした。