徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

たった今不動産販売の飛び込み営業とお話しして感じたこと。

一週間のうち、もっとも静謐な時間はいつだろうか。月曜日の朝か。土曜日のお出かけを控えた金曜日の夜か。いや、それは、セイコーゴールデングランプリをじっくり観戦したのち川崎まで出かけて、映画館で「名探偵ピカチュウ」を観て、自宅付近の銭湯でとっぷりお湯に浸かった後、コンビニでおかずを買い、日本酒をちびちび飲みながら晩御飯を食べる日曜日の夜である。

そう、今のことだ。

激情の作家・三島由紀夫氏が山本常朝の葉隠が好きすぎて葉隠のブックレビューを書いたら60回くらい重版がかかってしまった曰くの書、葉隠入門を片手に、豚モツ煮込みをつまみながら粋一選の大吟醸を飲んで、山本常朝の原文に合いの手を入れまくる三島の殊勝な姿勢に感心をするとともに、日頃の自らの行動を省みていた時、不意にピンポンが鳴った。

アマゾンを頼んでいた記憶はない。しかも時刻は21時を回っている。

皆の衆、考えてほしい。仮に、僕が銭湯上がりのぽかぽかな状態で酒飲みながら三島を読むという稀有な幸せを享受していなかったとしても、常識的に、日曜日の夜って静謐な時間だろう。確かにここは単身者が多く住むマンションであるが、明日から仕事の人間が多くいるはずだ。単身とはいえサザエさん症候群に罹患している人もあるかもしれない。よくもまあ、そんな時間に。どうせ在宅率しか見ていないのだろう。そちらの都合で仕事をするな。こちとら三島を読んでいるんだ。葉隠してやろうか。

まぁいい。逃げも隠れもせずに、僕はインターホンに出た。

結論、そのベルの主は不動産の営業のものだった。

開口一番、社名を名乗り、このエリアの担当をしているなにがしですが…ご挨拶周りに伺いました…と言う。そこで相手のターンは終わりのようだった。

僕は、社名も名前も心当たりはなかった。この時点では、「知らない会社の知らない人がエリアの担当を名乗りご挨拶周りにピンポンをしてきた。」という状況である。

エリアの担当とは…?エリアの担当…?なぜご挨拶周り…?

私「なになに会社のなになにさんは、このエリアの担当で、なぜ僕に挨拶をしにきたのでしょうか。」

エリアの担当「不動産で節税対策の関係でのご挨拶を…」

ここで飛び込み営業と気がつく。その辺の空き部屋を節税を謳いながら買わせる魂胆らしい。僕はこの部屋の家賃でデフォルトを起こしそうだというのに、よくもまあ数多ある部屋からハズレくじを引いたものだ。残念だったな。

しかし、しかしこの時点で、宗教や思想ではなく、財力というわかりやすい観点から僕にそぐわないものであり、背伸びしてもどうにもならないし、どうしようとも思わない類の営業だと判明したので、一旦通してあげようと思った。

私「ご挨拶しましょう」

とりあえずオートロック開けてあげると精悍そうな男性が一人、ドアの前に立っていた。話に寄れば齢30らしい。同年代ですね。デジモンとか、好きでしたか。

名刺をもらってご挨拶をしたところで終わりかと思ったら、どうやら違うようで、僕にもろもろ質問をしてくる。世間話のふりをした値踏みだ。恐ろしい。

何歳か。この部屋に住んで長いか。勤務先はどこか。業種は。一部上場ですか。大手か。大手ですね。大手と見ました。年収ってこれくらいですよね。ですね。違いますか。でも誤差の範囲ですよね。

思い出していただきたい。僕は今し方まで日本酒をちびちびしながら三島を読んでいた。重ね重ね、静謐な時間をそこそこなプライベート質問ラッシュで埋め尽くされる日曜日の21時。そこそこなQOLの死に具合である。飛び込みとはいえ家を知られている以上、知らないのは名前と携帯電話の番号くらいじゃないか。恐ろしい。しかしよくもまあズケズケと初めましての瞬間に世間話を装った僕の話をしてくるものだな。君は名乗っただけなのにな。

とはいえ、一度こんにちはしてしまったものだから、嘘とも本当ともつかない会話で濁していたのだが、いい加減相手のターンが長かったので、端的に要件を伺った。が、やはりマンション一部屋どうですかビジネスだったので、金は持っているふりをしながら丁重にお断りを入れ、帰ってもらった。

で、またちびちびと粋一選している。

 

果たして、静謐な日曜の夜が帰ってきたのだが、とりあえず飛び込み営業を受けてみて、あれほどまでに勝ち筋の見えない営業はないなと改めて感じた。

まず、在宅か留守かで分岐点。ここの確率をあげるための日曜夜なのだろう。ずるい。

在宅だとして、出るか出ないかで分岐点。なんとなく清潔感があるお兄ちゃんであるところで、なんとか確率を上げてきているようだ。しかし、今のご時世、この時間に不意にピンポンされてのこのこと出て行くお人好しがどれだけいるだろうか。40世帯ほど入居している弊マンションだが、1割もいないんじゃないか。

出たところから、やっと土俵である。

あくまでご挨拶周りという名目だから、僕はもしかすると彼にとっての成功事例となるのかもしれない。が、何度も言う、この静謐な時間に水を差した彼の責は重い。彼にとっての成功は僕にとっての迷惑でしかない。なのでこの先巨万の富を築き、マンションを買って節税したいなーとか思ったとしても彼には頼まない。

しかも、エリア担当と言っていた。

ご存知ないかもしれないが、僕が住む京急蒲田から徒歩15分ちょっとのエリアは、もはや住宅街で、僕のような単身者が住むマンションが多くあるかといえばそうではない。このエリアを受け持っている時点でなかなか勝率低いと思う。いばらの道を歩まれているのだなぁと、しみじみ思ってしまった。こんな夜中に、美味しい食べ物でもない不動産商品のご案内。いや、ご挨拶周りだ。金にすらならない。できれば将来の金に繋げたかったのだろうが、少なくとも僕は2000字ちょっとの文章を叩く程度にマイナス方向へ感情が動いている。積みゲーの様相である。

 

僕にもっと余裕があれば、開口一番の言葉をどうしたらよかっただろうかとか、もっと勝率をあげるにはどうしたらいいのだろうかとか、色々話してみたいなとは思った。

僕は絶対買わないけれど。