徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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ピアノが弾ける男性のかっこよさに気付くまで

中2までかかりました。

小学生の少年少女の中では、なぜか暗黙の了解が存在する。鬼ごっこのタンマは三秒まで。ドッジボールの顔面はセーフ。男子がピンクのシャツ来てると登校後しばらくおかまと呼ばれる。とかとかエトセトラ。

その流れの中に習い事の項目があるのは皆さんもわかるだろう。バレエとかを男子がやっていると必ずと言っていいほど何か言われる。かっこよさに気が付かない。そうして散っていった才能がどれだけあったろうか。

バレエほどではないかもしれないけど、習い事”ピアノ”もなかなかデリケートな問題である。習い事としてのポピュラーさも相まって、これに悩む男子小学生は多いのではないだろうか。

こうした習い事は、学年が上がるごとにその肩身が狭くなり、ある一点を超えるとそれがものすごい武器になるという特徴がある。うんと幼いころ、小学校の低学年の頃は、割とピアノやらエレクトーンを習い事とする男子も多くいる。しかし徐々に脱落していく。練習面白くないもんね。ハノンだグローバーだって知りもしない曲を弾けたって面白くないもんね。習い事サバイバルに生き残れば生き残るほどに、特別な存在、異質な存在となり、からかわれることも増える。学芸会とか式典とかという大イベントの伴奏とかも任せられてしまうようになる。面倒なのと言い出したらからかわれるからってどんどんどんどんと狭小な思いをしていくのである。それが終わるのはピアノやバレエができる男の子がかっこいいと、本人含めた周囲が気が付いたとき。抱えた爆弾にも似た荷物が武器に豹変するのである。

 

僕自身、小学一年から中学三年までピアノを習っていた。最初は公言していた。習っているんだと。楽譜とか読めちゃうもんねと。ただ途中からなんでか隠すようになった。きっと誰かに何か言われたんだと思う。覚えてないけど。この隠すことにした決断がものすごく厄介なことを生んだ。ピアノを習っていることを公言していた男が途中から口をつぐんだら、辞めたものだと思われるのは至極当然なことで。習い事の日に遊ぼうって言われた時にはどう振り切ろうかと頭を悩ませる日々が続いた。音楽の時間にはできるだけピアノに近づかないようにしたりなんてちゃっこい抵抗もしてみた。

中学二年の秋に、ビートルズとやらと出会って聴くようになった。スコアを買った。衝撃が走った。今までの努力はこのためにあったのかと。たやすく自分が弾きたい曲を弾けたときの感動たるや。言葉にしがたいサムシングである。

コンプレックスが特技になってからの日々の明るさはそれまでとは全然違った。音楽室でピアノが弾ける。自分のピアノでみんなが歌える。ドーパミンの日々だ。ドバドバドーパミン。それでも目下ピアノを習っていることは誰も知らず。それだけは隠し続ける日々が続いた。

中3の冬、念願だったラ・カンパネラを弾いて僕のサイレントピアノレッスンの日々は終わりを告げる。9年間のうち6年間は水面下で動き続けた、モグラなレッスンだった。

もっと早く世間でのピアノ男子の評価に耳を傾けていればなぁと、今すごく思う。もっと楽なピアノライフがあったろうに。けど確実にその9年間は僕の中で根付いていて、おかげさまで今の今までいいだけ音楽を楽しませていただいているわけです。世の小学生男子ピアニストの諸君、逆風に負けるでないぞ。

 

昔に思いを馳せて、明日のバイトの事をなるたけ考えないようにする夜でした。