徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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クラスメイトを覚えていますか

今何も見ないで中学三年生のクラスのメンバーを全員あげて下さいって言われて、できる大人がどれだけいるだろうか。多分皆無だ。1人たりともいないだろう。名簿から顔を、写真から名前を全員分導ける人はそこそこいるだろうが、暗記している人はまずいない。田舎の全校生徒10人とかのアットホーム学校でない限り、どんな仲良しクラスだったとしても、40人弱を覚え続けるのはそうできた芸当ではない。


果たして、それは忘れてしまったのだろうか。


クレヨンしんちゃん劇場版最新作「オラの引越し物語〜サボテン大襲撃〜」のコマーシャルの最後、しんちゃんは春日部のみんなに対して、「オラ、みんなのこと忘れるまで忘れないゾー!!!」と叫ぶ。

なんだかジーンとくるセリフだ。こんな言葉選びをできる幼稚園生なら将来さぞ素敵なプロポーズをするに違いない。

これを聞いて思った。現役生徒の頃に全員言えたのだろうか。覚えてただろうか。

我々が今思い出せない何人かのクラスメイトことは、そもそも覚えてすらいなかったんじゃないかとなんとなく思った。忘れるまで忘れなかったのではない。忘れることすらできない。覚えてないから。一緒の空間を共有しながら、覚えていない。コンタクトしながら、記憶していない。

お勉強で一生懸命詰め込んだ知識ではない生きた知識は、反復もそうだけど、なんらかの感情がセットになると記憶されやすい。一回ポッキリの出会いでも強烈に嫌なやつのことは延々と覚えているものだ。逆も然り。そしてそうした知識は、覚えようとして覚えない。テストもなければ覚えなかったところで不利益もない。自然に生活を送る中で、なんらかの出来事に乗じて覚えて行くものだ。

使命もなければきっかけとなる感情もない場合、記憶になんか残らないし残そうともしないのは不思議なことじゃない。その結果、しばらく経ったのち、さも忘れたかのように覚えていない人が存在することになる。


きっとしんちゃんはどうなろうと、風間くんたちのことをずっと覚えているだろう。あれだけ密な時間を幼稚園生といえど過ごしているのだから。なにしろ同じ学区だ。これからもしばらくは一緒にいるに違いない。ただ、作品に映らないたくさんのお友達のことを覚えているだろうか。覚えることをしたのだろうか。

是非、いろいろな人を覚えていて欲しいものだ。覚えられている方が、何より嬉しいから。