徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

生まれ変わったら

生まれ変わるなら、パン屋の側の植え込みになりたい。生まれてからずっと、パンが焼けた香りを嗅ぎ続けたい。自転車にのってパン屋の前を通りすぎる瞬間が好きだ。全力で息を吐き切って、パン屋の前で全力で息を吸う。小麦粉とバターと砂糖の焼けたあの香ばしさを、取り込めるだけ肺に取り込む。パンも好きだ。パンを食べるのも好き。焼けたてのパンを牛乳と共に延々と食べていたい。胃袋が何処か異次元に繋がっていればいい。バターロールクロワッサンアンドーナツクリームパンくるみパンをぐるぐる食べ回していたい。しかし胃袋は底なしでもないし、パンはもともと粉なわけで口の水分持って行かれるから、そんなたくさんはいらない。やっぱり香りがいい。香りだけでいい。パン屋に勤めるのもいいかなと思ったけど、朝がとんでもなく早そうなのと、家事をしていてわかった、この、人の料理を待つからこそ美味しく感じるのだという真理を考えると、勤めるのは最適解ではなさそうだ。やっぱりパン屋の側の植え込みがいい。四六時中あの香りをかげる。人ももう煩わしいからしばらくいいや。短いスパンで二三の生を全うしてからもう一度人に戻ってみたい。ただその前にパン屋の側の植え込みになりたい。木だとちょっと命長すぎるように思う。花とかでいいや。花がいいや。ワンシーズン、パンの香りをがっそりと享受したい。この世の中にパンという食べ物があって、あの香りをかげて、幸せだ。例え50億年の未来、世界が滅びようとも、この香りがあった事実は揺るがない。どっか冥王星そのまた向こうの大惑星の衛星の氷の海のしたに浮かぶ微生物にでも生まれ変わったこの俺が証明してやる。その昔パンという食べ物があったと。その香りたるや至上のものだったと。

幸せなホリデーをお過ごしください。