徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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スースー

あのスースーに魅せられてしまった。その昔、フリスク一強だったスースータブレット業界も今や群雄割拠。アクオ、ミンティアフリスクが鎬を削っている。どれがどうしても好きとかはない。スースーすればそれでいい。しかし、スースーから逃げられない。困った。

1ケース、どれくらいのペースで消費するのが普通なのか。わからん。二日にいっぺんくらいのペースで買っている気がする。過剰消費だろう。きっとそうだろう。だがやめられない。
例えばスースー中に水を飲むと、常軌を逸したスースーを得ることができる。清涼感が暴力じみた勢いで口の中を襲う。それがまたたまらない。
また、スースーは形無いもので、気づいた瞬間には消えている。その瞬間からまた次のスースーを求めてしまう。
出来れば右と左両の歯で噛みたい。右だけだと、右だけしかスースーしない。左だけだと、左だけしかしない。それでは不満なのだ。口全体が、等しくスースーしないことにはスースに満足がいかないのだ。そのために消費量が増える。左右で噛みたい。2粒。出しすぎた。3粒。左右均等に。4粒。増える。増えていく。
最近は飴でもスースーするものがある。みんな大好き龍角散のど飴もスースーのど飴だ。けど飴は口の中に残る。しばらく残る。瞬時にスースーを得られない。新鮮なスースーを仕事中や不意の時に得られ、邪魔にならないのがベストなのであって、しばらくの間スースーを感じられても、スースー源が口の中に残り続ける物は、スースーの鮮度が落ちていく。何より邪魔だ。一刻も早く口からいなくなってほしいのだ。スースーだけを残して。
一時期ガムに凝っていたが、今やスースーに勝るものがない。食後の甘いもの欲も抑えられる。歯ブラシの後でも、なんの罪悪感もなくスースーできる。優れている。飲み会の後の口内もスースーで一撃だ。
 
そうして今日もまたコンビニでスースーを買う。煙のように消えるスースーを求めて、薄給を削る。たかが100円、されど100円。どうしてもあと100円欲しい時にスースーを後悔する。だがやめられない。スースーが止められない。スースーがあふれている。スースースースー言い過ぎてスースーがわからなくなってきている。
そうだ、ミンティアを噛もう。