徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

紙袋が捨てられない

買い物という買い物について回る袋。レジ袋、紙袋。レジ袋はゴミ袋になりうる。地域によっちゃ、レジ袋のままゴミ回収に出せてしまう。便利だ。

じゃあ紙袋は。紙袋はどうだ。プレゼントには欠かせない。レジ袋に入ったプレゼントなんて、ありがとうおめでとうお疲れ様の気持ちが少しだって感じられない。紙袋に入ってこそのプレゼントである。

だが、日常使いにはほぼ適応していない。人にものをあげる以外の紙袋の用途がない。メモ紙にも使えなければ、レジ袋のストックを入れようったって他にいくらでも容器がある。紙袋出なきゃいけないシチュエーションが少ない。

でも、捨てられない。

人にものをあげるという、そう多くない出番を待ち焦がれている紙袋が、一番大きい紙袋の中に刺さりまくって部屋に鎮座している。まるで孔雀が羽を広げたようなその様は、紙袋にふさわしい荘厳な雰囲気を醸し出しているようにも見える。

自分のものなら思い切って捨てられるが、その紙袋の中には人から貰った紙袋も相当数ある。捨てるのが忍びない。荘厳なそれらが部屋の景観を圧迫していても、どうも捨てられない。捨てようとすると、紙袋の中身が想起されてしまって、たちどころに紙袋すら愛おしく思えてしまう。

ついでに、来たるプレゼントシチュエーションを考えると幾つかとっておきたい。やっぱり一向に捨てられない。


買物し続ける限り、人と物を交えた交流をする限り、紙袋は溜まる。嫌でも増える一方だ。ここらで一旦リセットしてもいいかなと思う。

真心と愛を込めて、紙袋をくれたあの人この人のことを思って。