徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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BSが見られないことによるオリンピック観戦への被害

一昔前までは家にテレビがなかった。ラジオで女子サッカーのワールドカップを観戦したことを思うと、今の環境は非常に整った環境ではあるのだがしかし。BSが見られないために、僕がどれだけのオリンピック生観戦を不意にしていることか。数限りない放送分を録画もしくはネットないしニュースで得ることとなっている。スポーツ観戦は生放送に限る。世界新の衝撃や優勝の鳥肌は生観戦に及ぶものはなく、字面だけだったり事実を知ってからの映像を観ても、ドーパミンの総量は圧倒的に少なくなってしまう。

スポーツ観戦の主たる醍醐味の一つに、選手に自己を投影してのドーパミンラッシュがあるのにもかかわらず、ニュースの放送だけでオリンピックを知るということは、スポーツの採点の原価率分も楽しめていないに等しい。まだ僕はオリンピックできていないのだ。


チャンネルがこうまで増えたのはいつ頃からだったか。BSが当たり前になり、WOWOWが標準装備され、CSも常駐、ケーブルテレビやスカパーが加わり、さらに全録時代とか言って過去のテレビまでも見られるなんて、選択肢だらけではないか。BS…って恋しがってる人間が世の中にどれだけいることか。ごく少ないに違いない。

タダで戴いたテレビにとやかく言う気はない。動画での情報を得られ、世の中の話題にえっちらおっちらと付いていけるだけで十分というものである。この2週間だけウンウン唸れば、また何事もない日々が始まるのだ。

でも悔しい。ええい、悔しい。多少の寝不足を覚悟しても確実に観られるのであれば夜中起きていてもいいかなとは思う。しかし、放映されているかもわからない、番組表も今時でないテレビの使い手である。観戦諦め気味である。

朝の卓球は確実に観られると知っているため、ここ最近は6時頃に起き、福原愛の他国蹂躙フルボッコゲームを観ている。強い。嬉しい。愛国心が人並みにあることを確認できる。それがまた嬉しい。次回は東京だ。どこで観ることになるのだろうか。地上波か。衛星放送か。はたまた、会場か。