徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

アレルギーによる全身蕁麻疹の結末

アレルギー反応は点滴の甲斐あり鎮静に向かい、若干の赤みが残った肌を提げて僕は別途皮膚科に向かった。アレルギー検査をして欲しかったからである。僕が先日食してあえなくダウンした食品の中に、僕の生命活動を脅かす天敵が隠れているのではないか。天敵の所為で点滴を打つなんて洒落にもならないハイリスク・ハイペイなイベントをいちいちやってなんかいられない。ここは白黒はっきりさせようじゃないか食材よ。

低温火傷を負った時と同じ皮膚科へ向かう。10時の会員と同時に院の門を叩いても3時間待たされる繁盛具合は相変わらずの大人気医院であった。

保険が適応されるかどうかもわからないアレルギー検査に向けて、薄給を絞り出したお金を懐に入れ、先日夜中に処方された薬の明細と、血管にぶち込まれた諸々の薬剤の明細を携えた。

3時間なんて短いものだった。何しろ自らの今後の生き方に関わる議題である。何十時間何百時間何千時間と生きる予定の人間が、3時間をケチるはずがないのである。悠然かつ泰然な心持ちで、来るアレルギー検査に向けた時間を過ごした。

3時間きっかりで診察室へと誘われ、いよいよ医師との面談である。症状、前夜の食事、これまでのアレルギー経験に至るまで洗いざらい話した。白昼堂々の独白である。医師はコクリコクリと頷きながら、悠然かつ泰然に僕の話を聞いてくれた。僕の主張が終わった頃、穏やかな顔で口を開いた。


疲れと、油か何かの添加物が体に合わなかったのが原因でしょう。


疲れであるらしい。あの夜、僕の睡眠とあわよくば生命を妨げんとした発疹は、疲れがエンジンであったらしい。疲れて命の火力が若干鎮まったのと、ちょっと体に合わない油とかちょっと痛んだパン粉とか、ほんのちょっとの不具合がジャストミートしてかっ飛ばしたホームランが発疹等々であったと。同時に、アレルギー検査が必要ではない旨を伝えられ、薬を4日分処方してもらい、僕の3時間の悠然泰然は幕を閉じた。懐を掻っ捌いた大出費は免れたものの、僕のアレルゲンの特定はされずに終わった。

一先ずは、医師のお話を全面的に信用しようと思う。インターネットの知識とは比べものにならないくらいのケースに当たっている医師が、これはアレルギー検査の必要もなく、アレルゲンの特定も難しいと判断したのだ。次の発作は起こらない可能性が高いのだろう。

しかし、一度発疹が出た事実は変わらない。あの日食べた鯵、タコなめろう、唐揚げ、コロッケ、チャーハン。奴らが僕の体と心に少なからぬ禍根を残したことは言うまでもない事実である。ほとぼりが冷めるまで、少なくとも鯵等光り物を生で食べることはしないだろう。また、某居酒屋からも、足が遠のくことになろうと思う。ほとぼりが冷めるまで。ほとぼりが冷めるまで。


とりあえず、疲れないことを意識しながら日々働こうと思う次第である。無理だろうか。無理かもしれないな。