徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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八方美人

無意識に八方美人になろうとして生きて来た。敵なんて作らないに越したことない。苛立ちや嫌悪はお互いにとってのデメリットである。そうであれば、みんなまあるく、みんな優しくなれるように、お互いを慮って行くしかないのだがしかし。

誰も彼もが各々思うところがあって、個々人だけならまだしも集団としての思い(ルールみたいなもの)もあるものだから、何を採用していいやらわからなくなりがちな挙句、目の前の個人的な便利に飛びついたりする。結果、その便利ややり易さが世の中(所属する集団)のルールに背いてたりして、知らない間にえらい評価を下げてしまっていたりとかって惨事が簡単に訪れる。忠告を受けるうちはいいが、泥沼に突っ込んでからじゃ遅い。泥沼に生きる人を見習ったら即泥沼に落ちるし、世間的には超まともなの後ろを追えば超まともに育って行く。哀しいかな、ついて行く人を選ぶのは下に入るものであり、四方八方全てにうまくやれる人など一握りしかいない。

自分はせめてそこそこ八方に美しくあろうと考えては来たのだが、うまくはいかないらしい。自分が雌阿寒岳だとして、アンナプルナほどのコミュニケーション能力と状況を判断する力を備えたスーパーマンが前任として君臨していた。無力だ。爆発するしかない。噴火してはるか北見市街まで火山灰でも詰まらせてやろう。八つ当たりである。部屋干しで生乾きの匂いがする世帯だらけにしてやるっ!

不断の反省と後悔を胸に抱いて生きて行くしかない。生きながらにして誰もが納得いく価値観を生やしている人間がいることを先日知ったばかりであるが、少なくとも僕はそうではない。至極中途半端で情けない人間だ。だからこそ、読むべきところは読むし、習うべきところは習う。知り続けなきゃいけないし、溶け込み続けなければならない。

骨折でそう簡単に人は死なないが、癌では簡単に死ぬように、内部からえぐって行く強さと逞しさを兼ね備えながらやらんと、収支が全くもって合わなくなってしまう。

住めば都にするのは自分次第。門は開かれている。あとはどういう作法で最新の注意を払いながら通るか。それだけである。