徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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株式会社について賢しらだったらシンガーソングライターに出会った

世の中のことを何一つわかっていない20そこそこの人間が、会社に雇われ、業界界隈のことをなんとなく把握してくるのが社会人3年目くらいの道程だ。安い給料は授業料が差し引かれているものだと思ってやってきている。ばっちり首輪をはめてもらって、危なくない範囲で元気いっぱい走らせてもらっている会社には感謝しかないです、ありがとうございます。

やはり三年もすると、首輪の鎖を少しずつ少しずつ緩められている感覚はある。ミリ単位センチ単位で行動範囲が広がっている。広がったは広がったで凸凹があったりするから、そこそこのスリルもある。エグられることもある。これから繁忙期の緊張感はなかなかのものです。想像しかできない世界が広がっているのは恐ろしいもの。

しかし、結局同じ杭につながれ続けている。お金をたらい回す杭や、不安をお金で解消する杭など、無数の種類が存在することは知っている杭だが、僕がつながれている杭がどういったポジションにあるのか全くもって把握できていなかったりする。

そもそも、今つながれている杭はどうやってできたのよ。どういう仕組みで僕は杭につながれているのよ。杭ってどうやって埋められたのよ。

杭のメタファーじゃ説明しづらいし面倒なんでやめるけど、大学で心理学を学び、就活で商人になる首輪を手に入れて、めっちゃ鎖を短くされた状態で杭につながれた僕は、今も尚あまりにも世の中のことを知らない。錦糸町に住んで、危ない匂いと金の匂いが似た匂いがすると知ったくらいなもので、文字に起こせるような具体的世間見解を持ち合わせてはいない。きっと、若くして独り立ちして銃弾の中をくぐり抜けて生きてきた虎ノ門あたりに居を構える同い年くらいの敏腕社長の対極に、僕はある。

同心円状の景色の中を必死こいて走り回るので割と日々精一杯だったりするから、別に首輪を外したいとは思わない。しかし、無知は恐怖である。いよいよ天文学も実用が目の前に迫ってきているが、そもそもの始まりなんて夜の暗闇が未知すぎて怖かったから空の規則性を見つけてやろうとかってモチベーションに違いないと思っている。知らないは罪だ。

そこでここ最近、珍しくひたむきに脳みそに活字と知の端くれを打ち込む作業をしている。まじで本読まない人だから恐ろしく読書速度が遅くて、日頃の怠惰を呪いながらノロノロと活字の街角を歩き回っている。

便利なもので、インターネットには無料で社会の仕組みを学ばせてくれるようなサイトがたくさん転がっているし、近所の図書館は広辞苑で一発ひっぱたいてやりたいくらいの品揃えの悪さだが、不勉強人間には比較的とっつきやすい蔵書量だ。乾季の筍くらいのスピードではあるが、学んでいる次第。

 

ところで、株式会社はご存知でしょうか。当たり前じゃんって言われるかもしれない。

まず株式会社ってなんなのよと、僕はそこからして不安定な足場に立っていたのだけれども、どうやら株式っていうのは相当強い牌らしい。

会社はお金稼ぎをしなければならない。例えば、その辺の石ころを全力で加工してマックス綺麗なオブジェとかをこしらえて販売したら、元手は石ころなのに幾ばくかのお金を生み出せるだろうが、そういった商売は2000年前くらいにやられてしまっているようで今の世では通用しない。

そこで、とりあえずお金が必要だよねって話になってくる。

誰かが目利きして選定した加工しやすそうな石ころを買い取って、その辺の石ころにはできないくらいの緻密な加工をした上で売る。とか。多分単価も上がるだろう。加工もしやすいのだから自分一人の手ではなく、他の人を雇って加工してもらえるかもしれない。ぐんと生産スピードも上がる。しかし、最初のところで目利きした石ころを買っているわけだ。それも相手だって商売なんだから一個や二個なんてみみっちい売り方はしない。1000個10000個の世界。それなりの元手が必要になる。

ではどうお金を集めるか。

手元にお金があればいい。庭から石油湧いてるんでお金ありまーす。って人は趣味で会社でもやればいいんじゃないですか。でもそうじゃない人ばかりだ。誰に貰おう。借りよう。今を轟く大企業の創業者たちの伝記を読むに、藩に取り込んで公費税金オーライの資金調達をしたりしていたらしいが、その辺の首輪を外したばっかりの野良犬たちに今でいう小池百合子からガッツリ金を吸い取る力なんてそうそうない。だから、自分の仕事の魅力を練りこんで練りこんで夢を膨らませて膨らませる。お金くださいレースの始まりだ。

ここのところの手段として、株式が有用らしい。

まずお金といえば銀行じゃないかと思うのだが、銀行は信用がないとたくさんお金を貸してくれないようである。まぁ、当たり前だ。クレジットカードの仕組みはなんとなく知っているから、それと同じと思えば飲み込みやすい。では株式はどうか。株式を渡すってことは、会社の経営に参画できるようになることだとは、中学社会の知識でもって知っている。一方、実際これがどれくらいヤバいことかって、多分今でもちゃんと理解できていない。経営からものすごく遠い場所にいるから。でも仮に今叩いているキーボードが株式で、エンターキーを譲渡する代わりに幾ばくかのお金をもらうみたいな取引を行うと考えると、株式譲渡するのマジで怖いなと思う。エンター押したい時に押せないストレスって凄い。けどそうまでしてでもお金集めたいし、集めなきゃいけないし、むしろ集めたことがステイタスにもなるようだ。界隈では。めっちゃお金稼ぎできる計画練ってるって証左になるからだろう。

 

こんなこと書きながら、YouTube垂れ流していたんだけど、あの再生回数と投稿者の仕組みが経営者と株主の論理と似通っている。お金の話ではない。感情の話だ。

話は単純で、YouTubeを見たオーディエンスは各々勝手に感動したとか気に食わんとか諸々の感情を抱く。再生回数に応じて感情の深さが変わってきて、再生が多ければ多いほど感情を深く掴んでグラグラ揺さぶられている。感情株を買いまくってる。でもそんじょそこらのYouTubeで買い漁った株主より、CD買ったよ!ライブ行ったよ!って人の方が多くの株を買っている。最近は「CD=ライブチケットor握手」の構図ができているからして、CDはただの音源ではない。邂逅の権利である。会って直接聴きたい。生の迫力、音圧に涙する人も多い。揺さぶられ方はYouTubeの比ではない。

会社に於いて一番株を持っているのはいつだって経営者だった。株を自分の分より多く明け渡した時点でその会社は自分のものではなくなる。

そう考えると、曲の筆頭株主は作曲者本人となる。感情の筆頭株主も、作曲者本人だ。僕らがYouTubeで曲を聴いて感動するよりも深く、作った人は感動している。もちろん、自分の曲にだ。たくさんの人に聴かれて一般化する前の純度の高い感情を知っているのは作曲者本人しかいなくて、一度世間に聴かせる(上場みたいなものか)と、蟻の子を散らしたように感情がばらつく。幸い、エモさに値段はつかない。証券として存在しない。だから事実上株式は増え続けるけど自分に経営権が残り続ける無双状態が続く。著作権が切れた音楽室に飾られている方々の作品とかは別だけど。

するとシンガーソングライターっていいなぁと思う。感情すり減らすのは反吐出るほどしんどいんだろう。aikoとか、失恋ソングで身を削りすぎて心配にすらなる。けど、生涯自分の作品で人を感動させているフリして、自分が感動し続けられる。いい商売だ。一生手を離れない経営権を握ったまま、資金だけ回収できるなんて、東芝が黙っちゃいないだろう。

 

なんかこんなこと書きたかったんだかわからないまま筆が滑った。

一生懸命勉強します。まずは人並みになる。