徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

MENU

顔なじみのキャッチが帰ってきた。

駅から家までの10分間で調子いいと5回は「おっぱいいかがですか!」「飲みないっすか!」と元気に声をかけていただけるナイスな治安の街、錦糸町に住んで2年もすると、おっぱいの人たちと仲良くなる。嫌でも。

二人特に仲のいいキャッチがいるんだけれど、そのうちの一人のことを最近みてなかったら少し心配をしていた。ところが、今日本当に久しぶりに出会った。変わらずに「お兄ちゃん、いい服着てるね!かっこいいね!」と夜の街に笑顔を振りまいていた。

彼はガーナ人である。

久しぶり、最近どうしてたのって聞いたら、半年間ガーナに帰っていたらしい。奥さんは日本人だけど、親と兄弟がまだ向こうにいるらしい。なんで帰国したって、親の面倒とかもあるんだけど、何より疲れてしまったんだと言った。もう本当に疲れた。日本人は働きすぎだ。ガーナは本当にのんびりしている。でも俺も仕事があるから帰って来なきゃならないし働かなきゃいけない。また頑張るよ。で、今日はどうなの?飲まないの?

僕はこの二年間夜の街的貞操を守り続けている。もちろん彼に誘われて店に入ったこともない。でも、もし行くなら、彼からがいいと思った。ただのキャッチが血の通った人になった瞬間だった。

 

僕ら当たり前のように働いていて、みんな職業の仮面をつけて生きている。だから忘れがちになってしまうんだけど、大前提でみんな人だ。みんな生活があるし人生がある。その辺のBUMP OF CHICKENとかが歌っていそうな話だが、違いないことだ。

2年かけて二人のキャッチと仲良くなって、彼らとは上っ面でも身の上話をするようになった。びっくりするくらい二人とも普通の人だ。身体も壊すし、寂しくもなる。彼らと仲良くなる間に無視を決め込んできた無数のキャッチたちにも間違いなく普通の暮らしがある。知らないだけで。

どうせなら、お仕事のベールを脱いだ人をたくさん知りたい。きっかけがなかなかないけど、たぶんいつも行くスーパーのレジにいる全くやる気を感じられない学生っぽい人も話したら普通の人だ。絶対友達に慣れないと思ってるけど、仮面がそうさせているだけなのかもしれない。みんな血の通った人間と知った上で、今までの暮らしをしてみるとたぶんすごく楽しい。仕事より深いコミュニケーションがそこら中で生まれる世界。いいものだろうと思う。

でも今の形に落ち着いているところを見ると、世の中的にはそれを求めている人は少ない。ある程度線引きした上での関わり合いに心地よさを感じる人が多いのだろう。

 

今日は僕もなかなか疲れていたんだけれど、キャッチの彼と話した後は歩みが軽くなった。不意な人間味がいいのかもしれない。

また明日も同じ道を通る。きっと彼もいる。どうせお酒に誘われる。それ込みで二言三言、すっからかんのコミュニケーションを楽しみにしている。