徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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木を見て森をを類推す

異動後2日経ってどうかというと、わからないonわからないである。今自分が全体のどの辺りに位置しているのかが分かりかねており、これがわからないことによって一抹のストレスを抱えている。

悲しいことに、僕は小賢しくなってしまった。何をするにも意味を求めてしまう。

これ、なんのためにするの?これ、なんにつながるの?黙ってやれと言われればそうだ。しかし、黙ってやるにも道理があるだろう。なんでやるのかがわからないと自分の袖の振り方もわからないというものではないか。

一方で、写経とか多分こんな気持ちなんだろうなと感じている。

あのわけのわからない南無阿弥陀仏の文字列をやはりわけもわからず不乱に書きなぐる。意味があるのか、ないのか。何を伝えたいのか、伝える気があるのか。むくむくともたげる不安の類を押さえ込んだ先、何かの意味を見出す。やったことないから見出せるかわからないけど。

でも多分御託は抜きで黙ってやる愚直さも必要なのだろう。訳は後からついてくる。いくつもの木を見つめ続けて、森を類推するような日々をまた送る。

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